News to The Future

独断と偏見でニュースを読む

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ニュースは最新でなければならない。古くなったニュースはニュースではない。それは記録であり資料であり歴史である。ニュースは最新の出来事をわれわれに知らせてくれる。時間は静かに刻々と流れる。そんな時間の流れの中で速報やフラッシュ、テレビの生中継は時間の流れの最先端で起こっている世界中の出来事をわれわれに伝えてくれる。でもそれは、どんなに早くても、われわれが共有している「いま」に「限りなく近い」というだけである。どんなに早く届いてもニュースは、「限りなくいまに近い過去」である。

ニュースは決して未来からは来ない。われわれは「いま」という時を超えて、一歩たりとも先に行けない。これと同じでニュースも決して未来には行けないし、未来からは来ない。われられが知りたいのは過去ではなく未来だ。私の未来、家族の未来、学校、地域、国、いや世界の、そして人類の未来を知りたいのだ。タイムマシーンが発明されない限り、未来を知る術は現実的にはどこにもない。本当にそうだろうか。人間は万物の霊長である。想像すること、空想すること、予想し予言すること、要するに「考える自由」を与えられている。この自由を使って未来を想像することは可能だ。

空想は空想で楽しい。ただ、現実味のない空想は未来の現実からは近くて遠い。未来に近づくためには現実を引き伸ばして想像するしかない。私の目の前にある日常は瑣末で取るに足らない些細なことばかりである。そんな日常のなかでも、例えば、電話はダイヤル式からプッシュホン、ガラケイ、スマホへと進化してきた。プッシュホンの時代にスマホが想像できれば、その人は確実に未来を手にしていたことになる。これと同じことをニュースで再現できないか。ニュースで未来を想像するのである。当ブログを立ち上げた思いがここにある。日々、洪水のように目の前を通り過ぎていくニュース。この中から未来を予感させる、未来への想像力をかきたてる、想像するきっかけとなるニュース、そんなニュースを探していきたいと思う。

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