4月の任期切れが迫っていた、日本銀行の黒田東彦(はるひこ)総裁を再任する人事案が提示された。安倍政権は株式市場や債券市場の高値を支える今の金融政策の続行を望んでおり、黒田日銀の継続を決めた。異次元緩和の行き詰まりははっきりしてきているが、路線転換も出口戦略への移行もとうぶんは期待できない見通しだ。
73歳と高齢の黒田氏が5年任期の日銀総裁に再任されるのは異例と言っていい。安倍政権は年齢のリスクを考慮しても、日銀のいまの体制・路線を変えないことを重視したようだ。
その最大の理由は、高い株価や超低金利を支える異次元緩和を、今やめさせるわけにはいかない、ということではなかろうか。
安倍政権は支持率と株価をきわめて重視するといわれる。政権発足後の株価上昇は、「アベノミクスが成功している」という首相自身の評価を正当化する根拠となってきた。実態は別にして、そのイメージが政権の経済政策の支持率を高めてきたのは事実だ。
安全保障法制の論議や森友・加計問題などで政権の支持率が大きく下がったとき、歯止めの役割を果たしたのは「経済政策の成功」のイメージだった。
今月初めの米国発の世界同時株安で、その構図を壊したくない、という動機はいっそう強まったのではないか。
「リフレ派」とよばれる超金融緩和論を唱える総裁候補はほかにもいた。そうした候補者たちと黒田総裁との違いは、醸し出すイメージと経歴だろう。
黒田氏は財務省出身。財務官やアジア開発銀行総裁という要職を務めた。組織を束ねてきた信頼、官僚機構をのぼりつめたという安定感は財務省や日銀の内部にもある。それも黒田再任論を後押しした。
新体制の副総裁には、黒田日銀の緩和路線を実務面で支えた雨宮正佳(まさよし)・日銀理事と、リフレ派の学者の若田部昌澄(まさずみ)・早稲田大教授が起用される。現執行部も日銀生え抜きの中曽宏副総裁と、リフレ派学者の岩田規久男副総裁の組み合わせだった。
日銀の金融政策を決める決定会合のメンバーは9人。このうち、異次元緩和からの転換や出口戦略に抵抗することが予想されるリフレ派は、新体制で3人となる。
ただ、これまでの決定会合の審議の経過と結果をみる限り、リフレ派が黒田日銀の政策を大きく変えた形跡はみられない。
量的緩和やマイナス金利、長期金利コントロールなど非伝統的な手法を採り入れた現在の金融政策は、きわめて専門的な内容になっている。リフレ派による単純な「お金の量を増やせば、景気は良くなり、物価も上がる」という主張だけでは簡単に手をつけられないほど複雑になっているようだ。新体制でも、リフレ派が黒田路線に与える影響は限定的になるのではないか。
問題はこの体制で異次元緩和が収束に向かえるのか、出口戦略を立案できるのか、ということだ。それはリフレ派の問題というより、いったんはじめた異次元緩和から降りられない安倍政権と黒田体制の問題だろう。
いま、米国は金融緩和からの出口戦略を着々と進めており、欧州もそれを追っている。ひとり日銀だけが超緩和状態から抜け出せない状態だ。この状態がさらに長期化したとき、日本経済に何がおきるのか、専門家でも見通せていない。
次の黒田日銀の5年間は、出口をめざすかどうかにかかわらず、異次元緩和の呪縛に苦しむ5年になるのではないか。「攻め」ではなく「守り」の金融政策を迫られる公算が大きい。(編集委員・原真人)