財務省が決裁文書の改ざんを認め、国会が正常化してから初めて、安倍晋三首相と野党が論戦を交わした。安倍昭恵氏の存在は国有地取引に影響したのか、首相本人の関与は――。内閣支持率が急落して政権・与党が揺れる中、首相は釈明に追われた。
「行政全体に対する最終的な責任は私にある」
19日の参院予算委員会。安倍首相は公文書の改ざんについて陳謝した。だが、森友学園との土地取引への妻昭恵氏の関与については、全否定するこれまでの説明を繰り返した。
改ざん問題で明らかになったのは、財務省が取引当時、決裁文書に学園と昭恵氏の関わりを書き込んでいたことだ。
学園の籠池泰典理事長(当時)が近畿財務局に昭恵氏とともに写った写真を示し、35日後に財務局が土地取引に「協力する」と学園に伝えていた。学園を訪れた昭恵氏が教育方針に感涙したという産経新聞社のインターネット記事が掲載され、その翌日に土地の貸付料の概算額が学園に伝えられていた。
これらの記載は、一連の取引の始まりとなる契約に向けた文書に書かれ、その後、削除された。浮かび上がるのは、取引の当初から売却に至るまで、昭恵氏と学園との関係が影響したのではないかとの疑念だ。
安倍首相は昨年2月17日に「私や妻が関与していれば、首相も国会議員も辞める」と明言した答弁にも触れ、「一切関係ないという答弁をひっくり返すような記述は(削除部分に)まったくない」と強調した。
改ざんについても、詳しい経緯は不明なのに、「妻の名前があるから、書き換えを行ったのではないと考えている」と動機に踏み込み、「私の妻の記述かどうかにかかわりなく、削除された」という見方を披露。自身の答弁が影響した可能性を問われると、「全く違います」と否定した。
安倍首相が昭恵氏の関与を「まったくない」と断言する根拠は主に二つ。①改ざんが行われたとされる昨年2~4月には、文書から削られた昭恵氏についての行動が国会などですでに明らかになっていた②昭恵氏についての記載が削除部分の一部にすぎない――という点だ。
ただ、安倍首相が否定しているのは、あくまでも昭恵氏の直接的な関与だ。
「間接的な関与はあったじゃないか」。民進党の難波奨二氏は、昭恵氏の記載が決裁文書にあったことを問題視し「忖度(そんたく)はそういうところに生じる」と指摘した。別の議員からも忖度の有無を聞かれると、安倍首相は「忖度されたかどうかは、正確に答えようがない」と語った。この日の審議では、昭恵氏の存在が異例の契約につながったとの疑念は晴れていない。
改ざん前の文書では、昭恵氏の名前が鴻池祥肇・元防災担当相や平沼赳夫・元経済産業相の秘書からの問い合わせと並んで記載されていた。
「なぜ国会議員でもない昭恵さんの動向が記載されているのか」。共産党の小池晃氏の質問に対し、太田充理財局長は「総理夫人だということだと思います」と答弁した。
「極めて異例な取引を承認することを認めてもらうため、総理夫人案件だと言い訳するために書いてあるとしか思えない」と指摘した小池氏に対し、安倍首相はこう答えた。「私の妻でなければ当然載りませんよ。それは当たり前の話」
佐川氏喚問、議決に至らず
19日の参院予算委では、野党側が改ざん時に財務省理財局長だった佐川宣寿・前国税庁長官の証人喚問を要求した。共産党の小池晃氏は「今日の委員会で議決を」と迫った。ただ、この日は議決まで至らず、来週以降の実現を念頭に調整する流れになった。
与党筆頭理事の石井準一氏(自民)が19日夕の理事会で「証人喚問という重い判断は筆頭理事ではできかねる。衆参(両院)の問題でもあり、与党として執行部の判断を得るには時間がかかる」と説明した。一方、野党筆頭の川合孝典氏(民進)は20日の議決を要求。金子原二郎委員長が20日午前に3時間行われる委員会終了までに、与野党の筆頭理事の間で調整するよう指示した。
背景には、野党主導で喚問への流れが作られたことへの与党内の反発がある。自民党参院幹部は20日に開かれる自民、公明両党の幹事長・国会対策委員長会談で判断することになる、との見通しを示す。報道各社の世論調査で内閣支持率が軒並み急落する中で、与党側が疑惑解明に及び腰だ、というイメージが広がるのを避け、「決めたのは与党」という演出をする狙いも透ける。
立憲民主党など野党6党は、20日の議決を譲れない一線と位置づける。決裁文書の改ざん発覚を受けて欠席してきた国会審議に復帰したのは、佐川氏の証人喚問の実現に向けて与野党での調整が始まったからだ。立憲の福山哲郎幹事長は19日、記者団に「一日も早い喚問の実現を求めたい」と強調。20日に議決できなければ、再び審議を欠席して国会が不正常になる可能性をにじませた。
佐川氏の証人喚問をめぐる日程調整は、最終局面に入った。野党幹部の一人は19日夕、こう語った。「さすがに与党も突っ張れないと思う」
支持率急落、総裁選に不透明感
政権内には内閣支持率急落の波紋が広がっている。
菅義偉官房長官は19日の記者会見で「財務省の文書書き換え問題については政府としても大変遺憾であり、国民から厳しい目が向けられていることを重く受け止める」と述べた。
19日昼、国会内で開かれた政府与党協議会では、与党から政府への苦言が相次いだ。自民党の二階俊博幹事長は「緊張感が欠けている。反省すべきことは反省してもらいたい」と注文。公明党の井上義久幹事長は削除文書が新たに見つかったとの財務省の報告に触れ、「国民の不信感をさらに強めている点では遺憾」と述べた。夕方の自民党役員会では、真相究明を求める声が続いた。
与党内には、「3カ月や半年続くような問題ではない」(自民党幹部)との楽観論もある。野党の支持率が上がっていないからだ。朝日新聞が17、18両日に実施した世論調査では、政党支持率は自民32%(2月の前回調査35%)、立憲11%(同10%)、希望1%(同1%)など。菅氏は会見で「経済再生や北朝鮮問題への対応という内外の諸課題にしっかり対応し、成果を出していきたい」と述べ、政策による信頼回復を目指す考えを示した。
ただ、首相周辺は「(局面転換は)そんなに甘くない」と漏らす。公明党幹部は「国民は一連の森友問題を、安倍首相と昭恵さんの問題だとみている」と指摘し、納得できる説明が尽くされない限り政権の窮状は続くとみる。政府高官も「正念場だ」と分析する。
首相の3選が確実視されていた秋の自民党総裁選の行方にも、不透明感が漂う。3選支持を繰り返し表明してきた二階氏は、会見で内閣支持率の低下による総裁選への影響を問われ、「総裁選のみならず、いろんなところに影響がないとは言えない」と語った。