[東京 5日 ロイター] – 経済・財政政策の運営スタンスを示す今年の「骨太方針」は、予算の中で最大の支出項目である社会保障費について、抑制目標の明記を見送った。また、基礎的財政収支(PB)黒字化達成の時期も5年延期され、財政赤字の膨張を危ぶむ声が民間エコノミストの一部から出ている。
政府内では歳出拡大派と財政再建派の攻防が最後まで続いたが、景気腰折れを懸念する首相周辺と財政拡大派の事務方が押し切った格好だ。
<押し切った財政拡張派>
今回の「骨太方針」で特徴的なことは、社会保障費を年間5000億円程度の増加ペースに抑制するという目標値がなくなり、それに代わる数値も盛り込まれなかったことだ。
財政拡張派が押し切ったかたちだが、ここに落ち着くまでには、財政健全派と財政拡張派の激しいつばぜり合いがあった。
今年5月、ある経済官庁幹部は「歳出抑制の具体的な目標額を記入するのかどうか、まだ、もめている」と述べ、政府内で歳出抑制ペースを巡り激しい駆け引きが展開されていたことを認めていた。
最大の焦点は、2016年度から18年度までの3年間に、一般歳出抑制目標を1.6兆円、最大費目である社会保障費の増加幅を1.5兆円と定めていた歳出枠を19年度以降にどうするか──ということだった。
経済財政諮問会議の民間議員である榊原定征・経団連前会長は「わが国の財政健全化への道筋が不透明であることが、国民の不安を惹起(じゃっき)している。今後3年のいわゆる基盤強化期間の社会保障関係費は、これまでの目安以下とすべき」と繰り返し主張してきた。
また、19年度から21年度までの3年間に75歳を迎える世代は、第2次世界大戦中に生まれ、その後の団塊世代に比べ極端に人口が少なく「焼け跡世代」と呼ばれている。高齢化率は年平均1.5%増にとどまり。18年度までの3.3%の伸びと比べると低い。社会保障関係費も、3年間で概ね1.2兆円程度に抑制できるとの見方があった。
だが、ふたを開けてみれば「今後の経済物価動向を踏まえる」として、物価上昇を前提に歳出拡大が可能となるという拡大路線と、「高齢化による増加分に相当する水準に収める」という歳出抑制路線の、両論併記がやっとだった。
<20年代、歳出拡大目白押し>
このように財政拡大派ペースに落ち着いた背景には、安倍晋三首相が景気腰折れを強く警戒していたことが影響したとの見方が、政府内にはある。
諮問会議の民間議員の1人は、20年代には歳出が膨らんでいくことはわかっているとした上で「それでも歳出抑制のために社会保障負担を増やせば、景気が心配だ。GDP比で毎年1%も赤字を縮小するような抑制ペースでは、景気悪化は必至だ」との考えを打ち明けていた。
実際、安倍首相と近い世耕弘成・経済産業相は経済財政諮問会議で「経済情勢の変化の可能性を念頭に置いて、機動的な財政政策の活用を制約しないよう、留意すべき」と述べ、財政再建より景気やデフレ脱却を優先する考えを主張してきた。茂木敏光・経済再生相も「財政健全化を、着実かつ景気を腰折れさせることのないようなペースと機動性を持って行う必要がある」と発言していた。
また「骨太方針」には19年10月の消費税率10%実施対策も別途記載され、耐久財消費の購入を政府が支援する対応策も明記。
増税時に予定されているこども向け社会保障「新しい政策パッケージ」の経費は、社会保障費の抑制とは別扱いと記述され、景気腰折れを防ぐ機動的財政出動に向け、きめ細かい配慮が加えられた。
一方、22年以降は団塊世代が75歳以上となり、医療・介護費用が膨張。老朽化した社会インフラの補修費用の増大も見込まれ、歳出拡大要因が「目白押し」と言ってもいい状況に直面する。
20年度の基礎的財政収支(PB)黒字化目標は、25年度達成に延期とされた。自民党や財政制度審議会による「25年度までに」あるいは「遅くとも25年度」といった提言に比べ、緩めの目標となっている。
複数の政府関係者によると、25年度への延期に落ち着くまでの間に「27年度でいい」といった、財政再建に消極的な意見も出ていたという。
今回の骨太方針に対し、SMBC日興証券・チーフマーケットエコノミストの丸山義正氏は、25年度のPB黒字化の鍵は社会保障をいかに抑制するかだと指摘する。
だが、社会保障費抑制に向けた具体策に関し、現時点では相当にあいまいであるとし「25年度のPB黒字化は、実現できないリスクを意識せざるを得ない」と述べている。
中川泉 編集:田巻一彦