先進国でカネ余りが鮮明だ。QUICK・ファクトセットのデータによると日米欧の上場企業が持つ手元資金は2017年度で約470兆円になった。10年前より73%の増加だ。設備投資などにかつてほど資金を投じなくなっていることが原因だが、なかでも日本企業の慎重姿勢が目立つ。
18年10月下旬。山口県が地盤の給湯機器大手、長府製作所は見慣れない英文の書簡を受け取った。差出人は香港のアーガイル・ストリート・マネジメント。東芝の事業売却で価格が安いと反対したファンドだ。
書簡は約1350億円の総資産に対し、保有する現金や有価証券が900億円超と過剰だと指摘した。成長戦略の強化と株主還元の拡充を求めているが、財務の健全性を重視する長府製作所との溝は深い。
日本の上場企業が持つ手元資金は120兆円と過去最高で総資産の13%を占める。バブル崩壊後に過剰な借金に苦しんだ記憶は根強い安全志向として残る。
昨年12月、幻の買収劇があった。半導体製造装置のSCREENホールディングスは、米ファンド傘下にある旧日立国際電気の半導体部門の買収を検討していた。手元資金は潤沢に持つが足元の半導体市況はさえず「リスクが大きすぎた」(SCREEN幹部)。2500億円規模という買収額に慎重論が優勢となり、最後の最後に撤回した。
成長には投資が必要だと分かっていても踏み出せない。設備投資と研究開発費、M&A(合併・買収)で発生する「のれん」の残高。この3項目を成長投資と定義すると17年度の世界企業は合計8兆8000億ドルになった。07年度比で51%の増加だ。日本は半分の26%増にとどまる。
日本が見劣りするのは未来の成長力を左右する研究開発費だ。米国の半導体大手エヌビディアは研究開発費を10年で2.6倍に増やした。強みである画像処理技術は自動運転を支える衝突回避などの基幹技術に進化した。米アマゾン・ドット・コムの研究開発費は28倍になり2兆円を超えた。トヨタ自動車の研究開発費は日本最多の1兆600億円だが、米アルファベット(グーグル)の6割だ。
米国は17年度の研究開発費が10年前より77%増えた。日本は17%の増加だ。売上高に占める比率は10年前は米国が2.1%、日本は2.2%だったが今や米国が2.7%、日本は2.2%と逆転した。短期の収益を重視する米国と長い目線で成長する日本というイメージは過去のものだ。
資本効率の悪化を防ぐ株主還元でも日本企業は世界に後れを取る。17年度は純利益の29%を配当として支払った。47%の米国はもとより中国の38%、インドの35%よりも低い。
必要なおカネを使いながら手元資金も増えた米国と、現金だけが積み上がった日本。過度な安全志向から脱しないと世界で取り残されかねない。データはこんな警鐘を鳴らしている。
田中博人、寺井伸太郎、阿部真也、張勇祥、宮本岳則、野口知宏が担当した。