「ベイルート(レバノンの首都)の物件の状況で頭がいっぱいだ。支払いが遅れているのはどういう訳だ。業者から直接苦情がきており、迅速な対応を期待する」
■目疑った「2017年10月13日」
日産自動車の社内調査で見つかった同社役員宛てのメール。送り手は、金融商品取引法違反と会社法違反の罪で起訴されたカルロス・ゴーン(64)だ。レバノンでの日産の事業規模は極めて小さく、経営首脳の拠点を置く必要性は乏しかった。だが、ゴーンが少年期を過ごした場所だったからか、日産の費用で高級な邸宅が購入されていた。メールは、その改築費用に関する内容とみられるが、それよりも関係者が目を疑ったのは、2017(平成29)年10月13日というメールの日付だった。
日産では、新車製造の最終工程である「完成検査」に無資格者が関与していた問題が発覚したことを受け、同年10月2日に社長の西川(さいかわ)広人(65)が約121万台の大規模リコール(回収・無償修理)を発表した。メールが送られたのは、日産への批判が強まる中、横浜市の本社や全国の販売現場が対応に追われていた最中だったのだ。
当時会長だったゴーンはどこ吹く風で、自分や家族が暮らす邸宅の改築に余念がなかったことになる。ゴーンは今月8日の勾留理由開示手続きで、「私は日産のために全力を尽くしてきた」と主張していたが、真摯(しんし)な態度とは完全に矛盾する“証拠”だった。
昨年11月19日にゴーンが逮捕されると、日産は3日後に取締役会を開き、全会一致で代表取締役と会長職の解任を決めた。ベイルート、リオデジャネイロ、パリの高級住宅の購入費と改築費を合わせて、日産が34億円超を負担。有罪かどうかという以前に、ゴーンが経営者として不適格だということを社内調査の結果が示していた。
しかし、日産と企業連合を組むフランスの自動車大手、ルノーの姿勢は違った。「推定無罪」の原則を掲げ、ゴーンの会長兼CEO(最高経営責任者)の解任を見送り続けたのだ。ルノーは日産株の約43%を保有する筆頭株主で、万が一、ゴーンがルノーで権力を行使できる立場に戻れば、日産の現経営陣の立場は一転、危うくなる。このままでは企業連合の運営体制を「ゴーン以後」に移行させることも難しかった。
日産は不正に関する社内調査の内容を「直接説明したい」と提案したが、ルノー側は「弁護士を通してほしい」と拒否。ルノーのかたくなな態度は、日産の経営陣にとって思わぬ誤算だった。
■取材嫌いの西川社長が…
だが今月11日、東京地検が会社法違反(特別背任)の罪でゴーンを追起訴。保釈請求も認められなかったことで、風向きは変わる。フランスに戻れなければ、ゴーンが経営の指揮を執ることは不可能だ。
西川も、仏紙のインタビューに登場し、「日産の社内調査の情報が共有されれば、ルノーもわれわれと同じ結論(解任)に至るだろう」と強調。この時期、ゴーンがフランスの富裕税課税を逃れるため、オランダに税務上の居住地を移していたとの報道が流れていた。フランス国内での“解任論”の醸成に日産がどの程度関与していたかは不明だが、取材嫌いで知られる西川のインタビューは「本人の強い意向」(関係者)で実現し、「解任やむなし」の世論を後押しした。
そして24日、ルノーは取締役会で新しい経営体制を決定。西川は同日、横浜市内で会見し、「アライアンス(企業連合)の新しいページを開く一歩だ」と歓迎の意を示した。
ゴーン排除に権力闘争の側面があることは否定できず、西川は“情報戦”に勝ったといえる。だが、ルノーによるゴーン解任観測が強まった今月中旬、来日した仏政府の関係者は、ルノーと日産の経営統合案を日本政府関係者に伝えた。日産の経営陣が安堵(あんど)したのもつかの間、火種はくすぶっている。
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ルノーがゴーンを解任したことで、新しい段階に移る企業連合の行方を追った。=敬称・呼称略