日本との間で次から次へと問題を起こす韓国だが、足下の経済は盤石ではない。世界的な半導体需要の低迷が、韓国経済を直撃しているからだ。文在寅ムンジェイン大統領としては景気減速を食い止めたいところだろうが、財閥の力に頼ってきた韓国が経済全体の底上げを図ることは容易ではない。世界経済の後退が続けば、韓国は一段と厳しい状況に直面する。そうした時の「保険」のために、かつて日本との間で結んでいた「通貨スワップ」の再開を求める声が韓国経済界に根強くある。再び日本にすがりついてきた時のために、日本が打つべき手とは何か。法政大学大学院の真壁昭夫教授に寄稿してもらった。

減速が鮮明化する韓国経済

 2018年、韓国の実質GDPは前年から2.7%増加した。この水準は韓国としては6年ぶりの低さである。韓国経済の成長率低下はもはや覆い隠すことはできない。減速の最も大きな原因は、輸出の減少だ。特に、サムスン電子などが手掛ける半導体の輸出急減が、経済成長に急ブレーキをかけている。

 韓国経済の大きな特徴は二つある。貿易依存度(GDPに対する貿易=輸出入額=の割合)の高さと、財閥企業の存在感の大きさだ。韓国は、海外から資源や部品などを仕入れ、それを国内で加工・生産して輸出を行うことによって成長を遂げてきた。そのため、韓国は貿易依存度が高い。13年まで、韓国の貿易依存度は100%を超えていた。17年の貿易依存度は80%程度である。

 輸出の担い手となってきたのが、サムスンや現代をはじめとする財閥企業だ。08年に発生したリーマン・ショックの後、韓国の財閥企業は、中国の需要を取り込んで業績を拡大してきた。中国経済が成長している間は、韓国財閥企業の中国における収益が拡大し、韓国の景気は上向きやすい。ところが、中国の景気がもたつき始めると、財閥企業の業績は悪化し、韓国経済は急激に減速することが多い。昨年の減速は、中国経済の減速を受けた輸出の減少によるところが大きい。

 近年の韓国経済を支えたのが、サムスン電子だ。同社は16年に起きたスマートフォンの発火事故による業績の悪化を、半導体メモリーの代表格であるDRAM事業の成長で補ってきた。特に、中国政府がIT先端技術を用いた産業振興策である“中国製造2025”を推進したことは、半導体への需要を大きく高めた。それをうまく取り込んだことで、サムスン電子の業績が拡大した。その結果、17年にサムスン電子は米インテルを抜き、世界最大の半導体企業になった。

 18年に入ると、一転して中国経済は減速した。公共事業の中断に加え、世界的なスマートフォン販売の不振や米中貿易戦争への不安から、中国企業の業況が悪化したことが大きい。その影響から18年10~12月期、サムスン電子の営業利益は前年同期比で29%減少した。四半期ベースで営業利益が前年同期を下回ったのは2年ぶりだ。

韓国における富の偏在

 韓国経済において、財閥企業の存在感は圧倒的に大きい。第2次世界大戦後、韓国政府は財閥企業を優遇して輸出競争力を高めることを重視した。その結果、10大財閥の売上高は、韓国GDPの75%程度を占めている。

 長い間、韓国政府は改革を進めようとしたが、財閥中心の経済運営を改めることは難しかった。なぜなら、財閥企業の解体などに着手することは、一時的な失業増加などの“痛み”を伴い、有権者の不満を高めるからだ。

 そのため、今日もなお、10大財閥の業績が韓国の景気を左右する経済構造が続いている。2017年に行われた大統領選挙の期間中、現大統領の文在寅氏は、従来の政権との違いを強調するために、財閥企業の解体などの“革新”を進めることに言及したが、そうした取り組みを実際に進めることは、口で言うほど容易ではないのである。

 長らく財閥依存型の経済運営が続いた結果、韓国では一部の企業や個人に富が偏在してきた。どういうことかと言えば、財閥企業の経営者一族をはじめ、特定の企業や個人(家計)に富が集中するといういびつな構造が出来上がったのである。

 これは、税金の徴収などを通じた所得再分配の機能が発揮されづらい状況が続いてきたことに他ならない。韓国は経済格差の拡大だけでなく、格差の固定化という問題にも直面している。

 韓国は経済格差に起因する不満を、賃金の引き上げによって解消しようとしてきた。2000年代に入って以降、韓国の最低賃金は右肩上がりで推移してきた。景気循環と関係なく賃金が上昇し続けることは、通常では考えられない。文政権が最低賃金の引き上げを公約に掲げた背景にも、有権者の不満への配慮があった。

 政権主導で不満対策としての給与引き上げが行われてきた結果、韓国企業は人件費の増加に直面した。人件費が増加すると、企業は採用に慎重にならざるを得ない。これが、若年層(15~24歳)の失業率が10%台に高止まりしている一因だろう。

 同時に、政府主導による賃上げは、長期間続けることができる取り組みではない。それは、文政権が重視した最低賃金の引き上げの公約が、企業の反発に遭い、撤回されたことからも明らかである。

 富の偏在に加え、韓国は急速な少子化にも直面している。韓国で1人の女性が一生の間に産むとされる子どもの数を表す「合計特殊出生率」は1.05人(17年)であり、わが国を下回る。18年は1を下回る可能性も取りざたされている。今後、韓国では急速に高齢化が進むと考えられ、経済格差をどのように解消していくかは喫緊の課題だ。

不安だらけの韓国経済

 文大統領を取り巻く環境は厳しさを増している。外交面でも、韓国は中国との関係を強化することが難しい。中国は北朝鮮との関係を修復し、米国との貿易摩擦が激化するにつれて、わが国との関係を重視し始めた。極東地域において韓国は孤立感を深めている。韓国世論はその状況への不安を強め、文大統領への支持率が低下する一方、野党の支持率は盛り返している。

 経済の側面から韓国の今後の展開を考えると、外貨事情(ドルの調達能力)は不安材料だ。貿易依存度の高さに加え、韓国では海外投資家による株式保有比率も高い。サムスン電子や現代自動車では約50%の株式が海外投資家に保有されている。KEBハナ銀行を傘下に持つハナフィナンシャルグループなどの金融持ち株会社では、海外投資家の保有比率が70%程度に達する。

 経済を支えてきた半導体企業などの業績が悪化し始めると、海外投資家は韓国企業の株を売却する。それが株価を下落させ、企業の資金調達コストを高める。その結果、海外経済への依存度が高い韓国の企業は、世界の貿易や投資の基軸通貨であるドルを調達することが難しくなる恐れがある。

頼みの綱は日韓通貨スワップだが……

 韓国にとって、経済のバックストップ(安全策)として、ドル調達チャンネルを確保する意義は非常に高い。2015年2月に終了した“日韓通貨スワップ取り決め”は、相手国が用立てた米ドルと自国通貨を交換する制度だった。韓国は中国やオーストラリアとも通貨スワップ協定を締結しているが、それらは韓国の通貨であるウォンと中国の人民元や豪ドルを交換する取り決めだ。

 そのため、韓国の中央銀行や企業経営者からは日韓通貨スワップ再開への要望が根強い。問題は、文政権が対北朝鮮政策を重視するあまり、政府内から親日・親米派の専門家がどんどん姿を消していることだ。

 やや長めの目線で考えると、米国経済は徐々に景気のピークを迎えるだろう。それに伴い、中国をはじめ世界経済は一段と厳しい状況に直面する可能性がある。その際、韓国経済の下ぶれリスクは一段と高まる。大海をさまよう木の葉のように、世界経済の動向に韓国は振り回されるだろう。

 日韓関係が冷え込む中、わが国から韓国に対して通貨スワップの再開を申し出る必要はない。それよりも、わが国は労働市場をはじめとする国内の改革に粛々と取り組み、長期的な視点に立って国力を引き上げていけばいいのである。

プロフィル真壁 昭夫( まかべ・あきお ) 法政大学大学院教授。1953年、神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て2017年4月から現職。『2050年世界経済の未来史 経済、産業、技術、構造の変化を読む!』(徳間書店)、『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社新書)など著書多数。