- 生産拠点の海外移転や部品の現地調達率上昇で地産地消が進展
- 米側は為替条項にこだわる可能性高く金融政策に縛りも-ニッセイ研
米中貿易協議で通貨安誘導を封じる為替条項を含めた合意に向け大詰めの交渉が続く中で、日米貿易協議の議題を巡り為替条項の扱いが重要な焦点として浮上している。
米国は対日貿易赤字削減のため為替問題を対象に含めるよう求める見通しだが、日本政府は為替については財務相間で議論することで首脳同士が合意済みとして取り上げない構え。安倍晋三政権が物品貿易協定(TAG)交渉と呼ぶ今回の貿易協議で為替問題を除外する論拠の一つとなり得るのは、日本企業の生産拠点の海外移転が進み、為替変動と輸出数量の相関関係が薄れている実態だ。
財務省の浅川雅嗣財務官はインタビューで、「為替と輸出のパフォーマンスのリンケージは薄れており、ほとんど明確ではない」と説明。日米貿易協定内に為替条項を盛り込むといった「何らかの形で政策的にリンクさせるような話が持ち上がるとすれば、ちょっとしっくりこないところがある」と述べ、違和感を示した。
ブルームバーグの試算によると、実質実効為替レートと輸出数量指数の過去10年(2009-2018年)の相関係数は0.01と、それ以前の10年間(1999-2008年)に比べて大幅に低下した。自動車を中心に生産拠点の海外移転や部品の現地調達率が高まり、地産地消が進んでいることが背景にある。経済産業省によると、16年度の製造業の現地生産比率は23.8%に達した。
ブルームバーグの増島雄樹シニアエコノミストは、為替と輸出の相関関係がなくなっているとの主張は、「今の金融緩和は円安を通じて輸出を増やすためのものではないという論陣を張るため」の手段と解説。為替と輸出のリンクが切れているなら為替条項を入れても貿易収支は改善せず、「為替条項を入れる理論的根拠はなくなる」との見方を示す。
昨年9月の日米首脳会談で交渉入りが決まった日米貿易協議は、米中協議の長期化で開始時期は未定だが、交渉責任者である茂木敏充経済再生担当相は今月1日、できるだけ早急に開始したいとの意向を表明。米国側トップのライトハイザー米通商代表部(USTR)代表はこれに先立つ議会証言で、3月中に訪日して協議を開始したいとした上で、為替は中国だけではなく日本との間でも深刻な問題になっていると述べ、為替問題を議題にする考えを示唆した。
ムニューシン財務長官も昨年10月、今後の貿易協定では日本を含む全ての国に為替条項の適用を目指す考えを表明。米財務省は同月公表した半期ごとの為替報告書で、日本の監視対象国指定を維持した。USTRは昨年末に公表した日本との交渉に向けた基本方針に、為替操作の防止を求める方針を盛り込んでいる。
日銀は昨年4月の経済・物価情勢の展望(展望リポート)で、為替レートに対する輸出の感応度は2000年代半ばにかけて高まったものの、リーマンショック以降は急低下し、近年は影響を受けにくくなっていると指摘。黒田東彦総裁は先月の議会答弁で、「為替レートをターゲットにして金融政策は運営していない」とし、その点は米国を含めて各国からの理解が得られていると説明した。
ニッセイ基礎研究所の上野剛志シニアエコノミストは、米自動車業界が米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)よりも強い為替条項を日本に求める中、他の中央銀行に比べて市場への関与度が高い日本との通商交渉では、「為替条項にこだわる可能性は高く、金融政策に縛りをかけるような要求をしてくる可能性もある」と指摘。日本から譲歩を勝ち取るため、「為替条項」が武器に使われることを危惧する。
2017年 1月 | トランプ大統領、環太平洋連携協定(TPP)離脱の大統領令に署名 |
4月 | 麻生太郎副総理兼財務相とペンス副大統領、日米経済対話の初会合 |
2018年8月 | 茂木敏充経済再生担当相とライトハイザーUSTR代表による通商交渉開始 |
9月 | 日米首脳会談で「日米物品貿易協定(TAG)」交渉開始に合意 同交渉中は、日本車への追加関税適用は回避されることを確認 |
10月 | USTRは対日通商交渉入りを議会に通知 |
12月 | USTRが対日通商交渉の基本方針を発表 |
2019年2月 | ライトハイザー代表は3月にも訪日し、初会合を開く意向表明 |
慶応義塾大学の竹森俊平教授は、「金融政策の結果として為替が動くということは、金融政策の自由を認めてもらう限り、あって当然」とし、為替条項で金融政策の自由を縛ることになれば、リーマンショック後に未曽有の金融緩和をした「米国自身にも跳ね返る」と指摘。日本の場合は、「危機が起こると円高がいつ起こるか分からない」ため、事前協議付きの為替介入も含めて金融政策の「可能性を残しておくべきだ」と主張する。