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「日本の未来を考える勉強会」が開いた、「MMT(現代金融理論)」の勉強会。12人ほどの国会議員が集まった=2019年4月22日午後、東京都千代田区の衆院第2議員会館

 財政の破綻(はたん)など起きっこないから、政府はもっと借金してもっとお金を使え――米国で注目を集める「MMT」(Modern Monetary Theory=現代金融理論)と呼ばれる経済理論が、日本の政治家の間にも広まり始めている。政府が膨大な借金を抱えても問題はない、と説くこの理論は米国で主流派経済学者から「異端」視され、論争を巻き起こしている。これまで消費増税を2度延期し、財政再建目標の達成時期も先送りしてきた日本では、一見心地よく聞こえそうなMMTはどう受け止められていくのだろうか。

 4月22日午後、東京・永田町の衆院議員会館の会議室に、10人あまりの国会議員が集まった。自民党の若手議員らが日本の財政問題などを考えるために立ち上げた「日本の未来を考える勉強会」の会合。テーマは「MMT」だ。

 この会でMMTが取り上げられるのは、一昨年以降、これで3回目という。最近、MMTの提唱者のニューヨーク州立大教授、ステファニー・ケルトン氏のインタビューが報じられるなど、日本のメディアでもMMTが取り上げられ始め、勉強会の参加者の一人は「世界が、我々に追いついてきたね」と誇らしげだ。

借金5千兆円でも大丈夫

 この日、「よくわかるMMT解説」と題して講演したのは、評論家の中野剛志氏。現役の経産官僚でありながら、環太平洋経済連携協定(TPP)に反対する論客として知られる。

 中野氏の話は、日本や米国のように自国の通貨を発行できる政府は財政破綻(はたん)しないので、政府は好きなだけ支出ができるとの説明で始まった。

 中野氏は、財務省が2002年に、海外の国債格付け会社に「日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルト(債務不履行)は考えられない」と言及していると紹介。MMTの考え方は「事実」に基づいており、日本政府の借金が仮に5千兆円になっても「全く問題ない」と言い切った。5千兆円は、国内総生産(GDP)との比率で世界最悪の水準と言われるいまの日本の借金のざっと5倍にのぼる。

 その上で、デフレ脱却のためには、政府は借金が増えたとしても、公共事業などで財政出動を続けてインフレ状態にすることが必要だと続けた。

 財政規律は、政府が財政再建の指標とする基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)ではなく、インフレ率を目安にし、ある一定のインフレ水準になったら、財政出動をやめればよいと説明。一般的には、インフレの抑制は難しいとされるが、これは金融政策などで「簡単に対応できる」という。

 勉強会の呼びかけ人である安藤裕・衆院議員によると、参加者からは「にわかに信じがたい」という意見もあったが、MMTへの異論は出なかったという。

 安藤氏は「経済政策を立案するには、貨幣の本質、租税とはどういうものか、正しい理解が必要だ」と述べ、今後も、MMTへの理解を広げていきたいという。

財務省は猛反論

 米国で「異端」視されているMMTは、日本でも麻生太郎財務相や黒田東彦(はるひこ)日銀総裁らがすでに批判的な見解を示しており、支持が広がっているわけではない。

 しかし、財政再建を主張する財務省はMMTに警戒感を隠さない。

 財務省は17日、財務大臣の諮問機関「財政制度等審議会」の分科会が今年度の議論をスタートするにあたり、委員へ説明資料を配った。その中にはMMTに反対するデータを集めた資料が盛り込まれていた。

 まだ日本でも一般的でないMMTについて、これを批判する著名な経済学者ら17人の意見などを並べた。財政審で議論にのぼったこともない理論に対し、資料で4ページも紙幅を割いたのは、財務省の強い意志を感じさせた。

 ある財務省幹部は「(MMTは)要するに、いっぱいお金を使いたい人が言っているだけ。論評に値しない。(経済政策の)手詰まり感の現れだろう」と切って捨てた。

アベノミクスと通じる面も

 だが、MMTを簡単に見過ごせない側面もある。安倍政権の経済政策「アベノミクス」と通じる部分もあるからだ。

 たとえば、第2次安倍政権発足直後の13年1月、政府と日銀が「共同声明」で打ち出した「物価上昇率2%」の目標は、MMTでいう「インフレ率の設定」にみえなくもない。

 さらに今の日本では、GDP比の公的債務は約2倍にふくれあがっているのに、政府は19年度、総額101兆4571億円となる過去最大の当初予算を組んだ。日銀の異次元緩和による超低金利で財政支出は増え続けている。

 それでも財政破綻(はたん)せず、日本国債の価格が暴落して金利が急上昇しているわけでもない。MMTの提唱者のケルトン教授は「日本はMMTの有益な実例だ」とまで述べており、日本でのMMT支持者をさらに勢いづかせてもいる。

 実はMMTのような「異端」や「奇手」と呼ばれるような経済政策が永田町をにぎわせたのは、これが初めてではない。

 たとえばリーマン・ショック直後の09年。財政状況が厳しいなら、今の紙幣の「日本銀行券」とは別に、政府が独自の「政府紙幣」を発行し、経済対策に使えばいい――。そんな構想を実現するため、自民党の20人超の有志議員が「政府紙幣及び無利子国債の発行を検討する議員連盟」を発足させた。

「トンデモ理論」で済むのか

 顧問は現官房長官の菅義偉氏。菅氏は当時のテレビ番組で「100年に1回と言われる金融危機。ありとあらゆることを考えてもいい」と主張。議員連盟がまとめた緊急提言には、政府紙幣の発行に加え、日本銀行による国債の直接引き受けや国債購入の大幅増額といった「禁じ手」含みの大胆な金融緩和策が並んだ。そのうちいくつかは、日銀の異次元緩和として実質的には実現した面がある。

 さらに17年春には、「物価が上がるまで財政も大胆に拡大するべきだ」とする、クリストファー・シムズ米プリンストン大教授の「シムズ理論」が話題を呼んだ。この理論をたたえたのは、安倍首相の経済ブレーンで内閣官房参与の浜田宏一・米エール大名誉教授だ。

 安倍政権はこれまでに2度、消費税の10%への増税を延期した。今年10月に消費増税を見込むが、夏の参院選を控え、増税を煙たく感じる政治家も少なくはない。そんな時に「再建しなくても大丈夫」とささやく理論が現れたら――。MMTを単なる「トンデモ理論」として簡単に片付けてしまえるとは、実はいえないのかもしれない。(笠井哲也)