日米貿易協定

最終合意に達した日米の貿易交渉。日本はアメリカが求める牛肉や豚肉などの農産品の市場開放にTPP協定の水準を超えない範囲で応じる一方、アメリカは協定の履行中は日本車への追加関税を発動しない、などとしています。

自動車への追加関税は回避

焦点となっていた、アメリカの通商拡大法232条に基づく、自動車への追加関税について、両首脳が署名した日米共同声明の中では、「協定が誠実に履行されている間、協定及び共同声明の精神に反する行動を取らない」と明記されました。

これについて、茂木外務大臣は、記者会見で「アメリカが日本車に対して追加の関税を課さない趣旨であることは、安倍総理大臣がトランプ大統領に明確に確認した」と述べ、協定の履行中は、アメリカが日本車に追加関税を発動しないことを確認したとしています。

また、日本からの自動車の輸出台数を制限する数量規制について、茂木大臣は「ライトハイザー通商代表に対しアメリカが自動車と関連部品の数量規制を日本に課すことはないと明確に確認した」と説明しています。

自動車 関連部品の関税は継続協議

日本からアメリカが輸入する自動車や関連部品の関税については、将来的な関税の撤廃に向けて交渉を継続することになりました。

TPP=環太平洋パートナーシップ協定では、アメリカ側は乗用車にかけている2.5%の関税を25年かけて段階的に撤廃し、自動車の関連部品の9割近い品目で即時に関税を撤廃するなどとなっていました。

しかし、今回の交渉では、アメリカ側は一歩も譲らず、結論が持ち越されることになりました。これは、来年の大統領選挙を見据えたトランプ大統領の思惑が、交渉に強く反映されたことが背景にあります。

アメリカの自動車産業が集中する「ラストベルト」と呼ばれる中西部の地域は、3年前の大統領選挙で激戦となった地域でもあり、有権者の支持をつなぎとめるため、自動車や関連部品の関税は譲歩できないいわば「聖域」となっていました。

一方で、日本からアメリカへの輸出額の3割以上を占める自動車分野の関税撤廃が含まれなければ、自由貿易協定をめぐるWTO=世界貿易機関のルールに違反するおそれもあります。

このため、今回の協定では「さらなる交渉による関税撤廃」という表現が盛り込まれましたが、具体的な期限などは示されず、今後の交渉の焦点となります。

コメ 無関税の輸入枠設けず

日本が最も重要な品目として交渉に臨んだ「コメ」については、現在の高い関税を維持したのに加えて、TPPで合意していた関税を課さない最大7万トンの輸入枠は設けないことになりました。

アメリカから輸入されるコメに対しては、現在の1キロ当たり341円という高い関税が維持されることになりました。

また、TPPでは、アメリカ向けに最大7万トンの関税を課さない輸入枠を設けることになっていましたが、今回の協定ではこの無関税の輸入枠は設けないことで合意しました。

この輸入枠の中には、「米粉」や「もち」などの加工品も含まれていましたが、新しい協定では、それらの品目についても無関税の輸入枠は設けないことになります。

日本にとってはアメリカから一定の譲歩を引き出した形で、義務的に輸入するコメやコメの加工品の量が少なく済むようになり、TPPよりも有利な内容で決着したと言えます。

牛肉 TPP水準に引き下げへ

日本がアメリカ産の牛肉に課している38.5%の関税は、TPPに参加するオーストラリアやカナダなどから輸入する場合と同じ水準まで引き下げられます。

今年度中に協定が発効すれば、26.6%に下がります。

その後も段階的に引き下げられ、最終的に2033年度には9%になります。

また、国内の畜産農家への影響を抑えるため、一定の数量を超えれば関税を緊急的に引き上げる「セーフガード」と呼ばれる措置が導入されます。

協定の発効1年目でアメリカ産牛肉の輸入量が24万2000トンを超えた場合関税を現在の水準である38.5%まで戻し、年度末まで維持されます。

その後、セーフガードを発動する基準となる輸入量は年度ごとに増えていくとともに、引き上げられる関税の水準は段階的に下がっていきます。

牛肉のセーフガードをめぐってはTPPで発動する基準となる輸入量を現在はおよそ60万トンと定めていますが、これとは別に今回アメリカのみを対象とした発動基準を定めたことから、日本としては発動基準となる輸入量が全体として増えないよう、TPP参加国と再協議を行いたいとしています。

アメリカ産の牛肉は、先に発効したTPPによってオーストラリア産やカナダ産などと比べて高い関税が課せられる形となり、アメリカ側は日本に対して早期の関税引き下げを強く求めていました。

豚肉 TPP水準に引き下げへ

日本がアメリカから輸入する豚肉に課している関税は、TPPに参加するカナダやメキシコなどと同じ水準まで引き下げられます。

価格の安い肉にかけている1キロ当たり最大482円の関税を段階的に引き下げ、2027年度までに50円にすることになりました。

価格の高い肉にかけている4.3%の関税は、2027年度までに撤廃します。

豚肉をめぐっては、TPPに参加しているカナダや、経済連携協定が発効したEU=ヨーロッパ連合の国に対しては、すでに関税が引き下げられ、これらの国からの輸入が増えています。

このため、アメリカは日本に対して、これらの国と同じ水準まで早期に関税を引き下げることを強く求めていました。

小麦 新たに最大15万トンの輸入枠

小麦について、日本はアメリカに対して新たに最大で15万トンの輸入枠を設けることになりました。

日本は国内で消費される小麦の9割を海外からの輸入でまかなっていて、需給や価格の安定のため、国が一括して輸入し国内の製粉業者などに販売する「国家貿易」を行っています。

業者に販売する際には国内の生産者を保護するため「マークアップ」と呼ばれる事実上の関税を輸入価格に上乗せしています。

小麦は国家貿易の仕組みは維持する一方で、事実上の関税を段階的に引き下げ、2026年度までに今の水準から45%削減するとともに、アメリカに対して最大で15万トンの輸入枠を新たに設けることになりました。

これはTPPでアメリカと合意した内容と同じ水準です。

日本が輸入する小麦のおよそ半分はアメリカ産のため今後、事実上の関税が下がれば、小麦粉などの値段が下がる可能性もあります。

バターや脱脂粉乳 低関税の輸入枠は設けず

乳製品をめぐっては、バターや脱脂粉乳について、アメリカに対して低い関税の輸入枠を設けないことになりました。

TPPではニュージーランドやオーストラリアなどを対象にして低い関税の輸入枠を設けましたが、今回はアメリカ分を追加せず、日本としてはTPPで設けた低関税の輸入枠を維持した形です。

一方、チーズはTPPと同様に「粉チーズ」、「チェダーチーズ」、「ゴーダチーズ」などの関税を2033年度までに段階的に撤廃します。

アメリカ産ワイン 段階的に関税撤廃へ

アメリカ産ワインは、関税が段階的に撤廃されます。

一般的な750ミリリットル入りのボトルにかかっている最大およそ94円の関税は、発効から段階的に引き下げられ、2025年度に撤廃されます。

すでに日本とEU=ヨーロッパ連合の経済連携協定では、フランスやイタリア産のワインの関税が撤廃され、輸入が増加しています。

カリフォルニアなど有名な産地もあるアメリカ産ワインの関税が段階的に撤廃されれば、消費者の選択肢が広がることになりそうです。

牛肉の輸出 低関税枠拡大へ

日本からアメリカへの牛肉の「輸出」は、低い関税が適用される枠が広がります。

日本はこれまで200トンを上限に1キロ当たり4.4セントの低い関税で輸出ができていましたが、200トンを超えると26.4%の関税が課されていました。

今回の合意で、中南米の国などと合わせておよそ6万5000トンを上限に4.4セントの低い関税で牛肉を輸出できることになります。

ほかの国とあわせた数量となりますが、日本からアメリカに低い関税で輸出できる牛肉の上限が大幅に増えることになり、今後、輸出がさらに伸びることが期待されます。

日本からアメリカへの牛肉の輸出は去年1年間で420トン余り、金額にしておよそ33億円と年々増加し、ことしは3月までに低い関税で輸出できる上限に達していて、日本はより有利な条件で輸出できるようアメリカ側に求めていました。

オレンジ さくらんぼ りんご 撤廃へ

「オレンジ」は国内のみかんの出荷が多い12月から3月に輸入されるオレンジにかかっている32%の関税が段階的に引き下げられ、2025年度までに撤廃されます。

それ以外の時期に輸入されるオレンジの関税も2023年度にかけて段階的に撤廃されます。

また「さくらんぼ」は8.5%の関税が2023年度までに撤廃、「りんご」も17%の関税が2028年度までに撤廃されます。

いずれもTPPでの合意内容に沿ったもので、関税撤廃によりこれらのアメリカ産果物の価格の引き下げにつながることが期待されます。

自動車以外の工業製品 幅広く撤廃へ

日本がアメリカに輸出する自動車以外の工業製品では、幅広い品目で関税が撤廃されることになりました。

このうち、金型の加工などで使われる「マシニングセンタ」は、発効から2年目に4.2%の関税が撤廃されるほか、エアコン部品では1.4%の関税が即時撤廃、鉄道部品では2.6%から3.1%の関税が、即時もしくは発効から2年目に撤廃されます。

今後の成長が期待される3Dプリンターなどの「レーザー成形機」の3.5%の関税は2年目に撤廃、「燃料電池」の2.7%の関税は即時撤廃されます。

日米デジタル貿易協定

日米両政府は、農産品や工業製品の関税撤廃などを定めた貿易協定のほかに、インターネットを使った商取引を対象にした「日米デジタル貿易協定」を結ぶことになりました。

この協定では、両国の間の自由なデジタル貿易を促進するため、国境を越えた電子データのやり取りについて関税を課さないことや、原則として禁止や制限をしないと定めています。

そのうえで、IT企業などの円滑な活動につながるルールが定められています。

それぞれの国は輸入や販売の条件として、ソフトウエアの設計図とも言える「ソースコード」や、性能を左右する「アルゴリズム」を開示するよう要求してはならない、また、事業を行うための条件として、企業に対してサーバやデータセンターを自国内に設置することなどを要求してはならないとしています。

GAFAに代表される巨大IT企業が多いアメリカに有利なルールとも言えますが、一部の新興国で自国の企業を保護するため規制を強める動きも出る中、日米でこの分野での国際的なルールづくりを主導したいねらいがあります。

今後の課題は

日米両政府は、貿易協定が発効したあと、より包括的な協定に向けて、関税のほか、サービスや投資の分野などについても交渉を行うとしています。

このうち、日本からアメリカへ輸出される自動車や自動車部品については、将来的な関税の撤廃に向けて交渉が継続されます。

農産品についても、将来的に再協議を行うとする規定が盛り込まれています。

また、今回の協定には含まれなかったサービスや投資などの分野についても、協定が発効してから4か月以内を目安に交渉を行うかどうか協議するとしています。

トランプ大統領は日米首脳会談の中で「協定の残る分野についても前進を続けてそう遠くない将来、日本との間でさらに包括的な取り引きをするだろう」と述べ、今後さらに交渉を進めて日本に対する貿易赤字を削減することに強い意欲を示しました。

今回の協定は来年の大統領選挙に向けて成果をアピールをしたいトランプ大統領の意向もあり、貿易交渉としては異例のスピードで最終合意に達しましたが、残された分野も多く、今後の交渉がどうなるか注目されます。