「このペースで増えると、(新型コロナウイルスの)感染者は2週間後には1万人を超える」。安倍晋三首相は7日、緊急事態宣言でこう述べた。一方、「12日前のペースで増えていれば、感染者は今ごろ1万人を超えていた」と3日に振り返ったのは、オーストラリアのモリソン首相だ。13日現在、豪州の感染者は6千人余り。増加を抑えられたのはなぜか。(シドニー=小暮哲夫)

隔離や水際対策を強化

 スティーブン・クリスティーさん(22)は11日、シドニー中心部のホテルでの強制隔離生活を終えた。客室階には常に警官が巡回。食事はドアの外に置かれ、毎日、医師か看護師から体調を尋ねる電話がかかってきた。

 米ロサンゼルスから帰国したのは3月29日早朝。1時間ほど待たされてターミナルに入ると、体温と健康チェックのため、床に貼られたテープに沿って1・5メートル間隔で並ぶよう促された。

 その後、政府が手配したバスで市のホテルに向かうと、警察官や軍の兵士が待っていた。部屋の鍵を渡され、言い渡されたのは「14日間の外出禁止」。豪政府がこの日から始めた帰国者に対する強制的な隔離措置だった。3月16日から始めた自主的な隔離要請を強化したものだ。空港からのバス代や宿泊費、ホテルでの3食の食事は政府の負担だ。

 隔離の徹底は、周囲を海に囲まれた豪州では水際対策が絶対的に必要だと考えられているためだ。政府は同20日から、自国民と永住者を除いて入国を禁止。25日から自国民の海外渡航も禁じていた。

 クリスティーさんは「2週間ほど、ずっと飛行機に乗っているような感じだった」と振り返る。同じ日に帰国した別の男性は「部屋に閉じ込められ、最初は犯罪者のように扱われているようだった」と語った。

 3月下旬以降は、ほとんどの州・地域が他州からの入境を禁止。入境後の自主的隔離を求めるなど、国内での感染を防ぐ措置も強化されている。

 豪政府は外出規制も強めてきた。カフェやレストランの営業は3月23日に持ち帰りと宅配を除いて制限。同26日までにパブや映画館やジム、図書館や美術館など娯楽・文化施設に休業を命じ、宗教施設の集まりも禁止した。

 同31日以降は、外出できるのは食料や医薬品の買い物、医療やケア、運動、家でできない仕事や教育だけに。屋外と屋内を問わず、家族以外で3人以上で集まることも禁止された。必要な外出の際には、他人との間を1・5メートル以上空けるルールもある。違反した場合、罰金や禁錮刑もある。

 この結果、在宅勤務は急速に進んだ。シドニーモーニングヘラルド紙によると、シドニーの3月の電車やバスの乗客数は昨年3月比で75%減った。

検査数は日本の15倍

 感染を調べる検査も積極的に実施してきた。2月段階では検査場所が大都市の総合病院だけだったが、地域の病院やクリニック、ドライブスルー検査などに拡大。4月からは、感染者が増えている地区の検査態勢を重点的に拡充している。

 南オーストラリア州病理研究所では、病院に行けない患者などを対象に出張検査サービスも行っている。看護師が家庭を訪問して検体を採取し、24時間以内に結果が出る。これまでに数百人が利用。検査を広げる一翼を担っている。

 検査結果をもとにした感染ルートの追跡も進める。感染者数が最も多いシドニーのあるニューサウスウェールズ州は、感染者が飛行機に乗っていた場合、便名と近くの列の番号を一覧表で公開。近くの席にいた乗客に個別に連絡を試み、そのほかの乗客にも発熱などの症状の注意を促す。

 同研究所のトム・ドッド診療サービス局長は「感染を抑えるために重要なのは、検査数を広げて患者を隔離すること」と指摘する。人口が約2500万人の豪州で、検査数は36万件超。10万人あたりの検査数は約1400人で、日本の15倍にあたる。豪政府は「人口あたりなら世界で最も多い国の一つ」という。

 3月下旬に豪州で400人前後だった1日ごとの新規の感染者数は、4月6日以降には100人前後になった。死者は計61人にとどまっている。モリソン首相は7日、「海外で起きているような恐ろしいシナリオは避けられた」と話した。

 豪州で外出規制が強化された3月23日時点で、同国の感染者数は約2千人だった。イタリアやフランス、英国が同様の措置を取ったときの感染者数より格段に少ない。シドニー工科大学生命科学研究所のマイケル・ワラク教授は「感染数が多くないと、政治家は深刻に考えないが、その代償は大きい。豪州でもあと1週間早ければ、もっと良い状況だっただろう」と話す。

積極的な経済支援策

 厳しい外出規制は経済や社会に大きな影響を与える。豪政府はこれらの措置が6カ月は続くとして国民に我慢を強いる一方で、様々な支援策で理解を求めている。

 その目玉が、雇用労働者の半数近い600万人が恩恵を受ける賃金助成だ。1300億豪ドル(約9兆円)の予算で、売上高の激減が予想される企業に従業員1人につき2週間分の1500豪ドル(約10万円)を最長6カ月、一律支給する。中小企業への減税や融資などの支援も拡充した。

 医療や保険、救急などの分野で働く親たちには、託児施設に預ける費用を政府が全額を肩代わりする。感染を広げるリスクを減らすための無料通信アプリを使った遠隔診療に、公的な医療保険を適用。外出できないストレスに伴うメンタルヘルスやドメスティックバイオレンスの電話相談も拡充する。

 これらの施策は総額で約2千億豪ドル(約14兆円)に上る。政府の債務残高は国内総生産(GDP)比の約19%から、30%近くまでに増えることが予想される。

 財政負担の増加を懸念する声も出ているが、感染症対策に詳しい豪連邦科学産業研究機構のロブ・グレンフェル博士は「経済を嘆くか、人の命が失われるのを嘆くか。どちらが重要かは明らかだ」と指摘する。