アメリカのトランプ大統領は、新型コロナウイルスの感染拡大によって制限されている経済活動を再開させるための指針を発表し、感染の状況が深刻ではない地域ではレストランや学校などを3段階に分けて再開させるとしています。一方で、再開を急げば感染が再び拡大するおそれがあるとして、慎重な意見も相次いでいます。
この指針は、トランプ大統領が16日の記者会見で明らかにしました。
それによりますと、経済活動の再開のレベルを3つの段階に分け、第1段階では学校は休校のままとし、仕事はテレワークを継続するものの、通勤も可能とするとしています。第2段階では学校の授業を再開し、不要不急の移動も再開できるとしています。
そして、第3段階では職場には制限なく出勤でき、レストランや映画館などは客どうしが最低限の距離を保つことを条件に営業できるなどとし、制限を大幅に緩和しています。
経済活動の再開に踏み切るかや、どの段階まで再開を認めるかは、指針を基に各州の知事が判断するとしています。
アメリカでは新型コロナウイルスの感染拡大で全米各地で住民の外出を制限する措置が取られ、広い範囲で経済活動がストップしているため、大量の失業者が出るなど経済全体が急速に悪化しています。
トランプ大統領は記者会見で「全米規模の封鎖は、国民の健康を守るための長期的な解決策とは言えない。経済を機能させなければならず、私たちはそれをいち早く取り戻さなければいけない」と述べ、経済活動の再開に意欲を示しました。
しかし、ニューヨーク州などの知事や公衆衛生の専門家からは、経済活動の再開を急げば感染が再び拡大するおそれがあるとして慎重な意見が相次いでいて、トランプ大統領の思惑どおりに進むかは不透明です。
アメリカの深刻な経済状況
トランプ大統領が早期の経済活動の再開にこだわる背景には、アメリカの深刻な経済状況があります。
大半の経済活動が事実上ストップしていることで、アメリカ経済は、この4月から6月の第2四半期、急激な景気悪化に見舞われる見込みで、この期間の経済成長率は、年率でマイナス30%という衝撃的な予測も出ています。この影響で、ことしの経済成長率は、IMF=国際通貨基金の予測でマイナス5.9%と、未曽有の危機と呼ばれたリーマンショックの時よりも大きく落ち込み、1946年以来、74年ぶりの低い水準となる見通しです。
秋に大統領選挙を控えるトランプ大統領がとりわけ神経をとがらせているのが、大量の失業者です。仕事を失った人が申請する失業保険の件数はこの1か月で急増し、あわせて2200万件あまりと、大失業時代とも言える事態となっています。
また、好調だった株価も大きく下落しました。ニューヨーク株式市場のダウ平均株価は、ことし2月に最高値を更新しましたが、その後急落します。一時は、トランプ大統領が就任した時点まで下がり、再選に向けてアピールしていた「株価を引き上げた」という実績は事実上、帳消しになりました。
トランプ大統領としては、経済活動の再開を進めることでこうした状況を挽回したいという狙いがあります。しかし、再開に踏み切ったとしても、感染の不安が残るかぎり人々が外出を控えたり商店や企業が活動を自粛したりする状況は続くとの見方もあり、経済のV字回復につなげられるかは不透明です。
州知事から慎重な意見相次ぐ
早期の経済活動の再開には、州知事のあいだから慎重に対応すべきだという意見が相次いでいます。
このうち、もっとも状況が深刻なニューヨーク州のクオモ知事は14日の記者会見で、「経済活動の再開が早すぎると思わぬ影響が出る」と述べて、再開が早すぎるとピークを迎えたとみられる流行が再び起きる可能性があるという認識を示しました。そして、翌日の記者会見ではワクチンが開発されるのは、1年から1年半後だとの見通しを示したうえで、「ワクチンが開発されるまでは段階的な再開になるだろう」として、時間をかけて段階的に外出制限の緩和と経済活動の再開を実施していく方針を示しました。
また、クオモ知事は、トランプ大統領が経済活動の再開に関してみずからに「すべての権限がある」と主張したのに対して、「間違った発言だ。この国に王様はいない」と反論するとともに、「憲法で多くの権限が州にあるとされている」と述べ、決定に際しては知事に重要な権限があるという認識を示しました。
再開の判断に関してクオモ知事は、事実とデータをもとに公衆衛生と経済の専門家が検討して政治には左右されないこと、さらに経済活動や学校の再開は別々に判断するのではなく、全体を見渡して一体的に進めていく指針を示しています。
また、クオモ知事は経済活動の再開については、周辺の6つの州をあわせた東部7州で足並みをそろえるべきだとして、知事どうしで協議を始めています。この東部の7州は、ニューヨーク州とその周辺のニュージャージー州、マサチューセッツ州、ロードアイランド州、コネティカット州、ペンシルベニア州、デラウェア州で、マサチューセッツ州以外は全員、野党・民主党の知事です。
また、外出制限の緩和や解除に向けては西部のカリフォルニア州やワシントン州、オレゴン州の民主党の知事も、連携して慎重に判断していく方針を示しています。
このうちカリフォルニア州のニューサム知事は、「スイッチのようにオンオフをするものではなく、公衆衛生の観点に基づいて慎重に段階を踏むべきものだ」と述べていて、トランプ大統領とは異なる姿勢をみせています。
専門家「感染を再び拡大させる可能性がある」
アメリカのハーバード大学公衆衛生大学院の研究グループは、多くの人が十分な免疫を獲得するまでには一定の時間がかかるため、ワクチンや治療薬が開発されない限り、対応を緩めると重症患者が増えるとしていて、再来年まで接触を減らす対応を断続的にとる必要が出てくる可能性を指摘しました。
また、インペリアル・カレッジ・ロンドンが発表した、外出制限の効果についての研究報告では、厳しい外出制限を長期にわたって継続することは難しいため、2か月継続して1か月緩和するといったサイクルで徐々に社会を通常の状態に戻していく戦略が示されています。
アメリカCDC=疾病対策センターの元所長で、公衆衛生の専門家のトム・フリーデン博士は、一度感染のピークをすぎても外出制限の緩和が早すぎると、感染を再び拡大させる可能性があるとして、「十分な検査と感染者の適切な隔離、感染経路の追跡といった態勢を整えたうえで、制限と緩和を繰り返すなど、柔軟な対応が必要だ」と提言しています。