[武漢(中国) 22日 ロイター] – 防護服、二重のマスク、フェイスシールドを着用したデュ・ミンジュンさんは、ある朝、武漢郊外にあるアパートの1室を訪れ、マホガニー製のドアをノックした。
マスクを1枚着用した男性が、ドアを少しだけ開いた。デュさんが心理カウンセラーであると自己紹介すると、彼は突然ワッと泣きだした。
「もう我慢できない」と男性は言う。50代と思われるこの男性は2月初めに新型コロナウイルス陽性と判定され、2カ所の病院で治療を受けた後、武漢の工業地区にある、アパートが集まる地区に設けられた隔離センターに移送されたという。
最初に感染してから2カ月も経つのに、なぜまだ体内にウイルスが存在するという検査結果になるのか、と男性は問いかけた。
<容態が回復してもなお陽性>
中国におけるCOVID-19対策は、国内でのウイルス感染拡大を減速させることには成功した。しかし、封じ込めに向けた戦いが新たなフェーズに入るなかで、こうした問いへの答えは最前線の医師たちを悩ませる最大の謎の一つとなっている。
12月にウイルスが初めて確認された武漢では、医師たちが「容態は回復し症状は見られないのに、依然として検査では陽性となる患者の数が増大している」と話す。
医師たちによれば、こうした患者は全員、容態回復後のある時点で陰性と判定されている。だがその後、人によっては最大70日後に、再び陽性と判定された。多くは50─60日後に再陽性となっている。
ウイルスの拡散が減速するなかで、多くの国がロックダウン(都市封鎖)の解除と経済活動の再開を模索しているが、回復したはずの患者が引き続き陽性となり、したがって感染を広げる可能性があるという見方は、国際的な懸念の的になっている。
今のところ、世界的に推奨されている隔離期間は、ウイルスに暴露してから14日間とされている。
中国の医療当局者によれば、新たに再陽性となった患者が他者に感染させた事例は確認できていないという。
「再陽性」というカテゴリーに該当する患者について、中国は正確な人数を公表していない。だが、中国の複数の病院がロイターに開示した情報と、他メディアによる報道からは、そうした事例は少なくとも数十件に達しているようだ。
韓国では、4週間以上にわたって検査結果が陽性となる患者が約1000人を数える。欧州で最初にパンデミックの洗礼を受けたイタリアでは、新型コロナウイルスの患者が約1カ月にわたって陽性を示す可能性があることを医療当局者が認識している。
再陽性の患者にどの程度の感染力があるかという点については限られた知見しか得られていないが、武漢の医師たちは、こうした患者の隔離期間を延長している。
最も重篤な新型コロナウイルス患者が治療を受けている武漢・金銀潭病院のツァン・ディンギュ院長は、特に患者に感染力がないことが証明される場合であれば、隔離措置が過剰になりかねない可能性も医療当局者は認識している、と話す。だが今のところ、市民を保護するために隔離を延長しておく方がいい、と同院長は言う。
ツァン院長はこの再陽性患者の問題について、患者の病院が直面している最も緊急の課題の1つであるとし、精神的な重圧を緩和するために、冒頭のデュさんのようなカウンセラーが活用されていると話す。
「患者にこうした重圧がかかることは、社会にとっても負担になっている」
<事例は数十件も>
武漢で隔離延長の対象となっている患者たちの苦しみは、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)にはなお多くの未知の要素があるという実態、そしてなぜ人によって感染の仕方が様々に変わりうるのかという謎を際立たせている、と中国の医師たちは話す。これまでのところ、世界全体での感染者数は250万人、死者は17万1000人に達している。
公式データによれば、4月21日の時点で、中国における感染者8万2788人のうち、93%が回復し、隔離を解除されている。
武漢大学中南病院のユアン・ユフェン副院長はロイターに対し、約70日前に陽性と判定された後、再検査でなお陽性とされた例を確認している、と語った。
ユアン副院長は「SARS(重症急性呼吸器症候群)のときは、このようなことは起きなかった」と言う。2003年のSARS流行では、中国を中心に世界全体で8098人が感染した。
中国における感染者の隔離解除は、少なくとも24時間の間隔を置いた核酸増幅検査で陰性と判定され、症状が出ていないことが条件だ。医師のなかには、この条件を3回、あるいはそれ以上に引き上げることを望む声もある。
北京大学附属第一病院で感染症部門ディレクターを務めるワン・ギキアン氏は、21日の会見で、こうした再陽性患者の大多数は無症状であり、容態が悪化する例は非常に少ないと話した。
国家衛生健康委員会(NHS)の当局者であるグオ・ヤンホン氏は、「新型コロナウイルスは新しいタイプのウイルスだ」を語る。「この疾病に関しては、分かっていることより分かっていないことの方がまだ多い」
<残存ウイルスと再活性化>
専門家・医師たちは、再陽性患者においてウイルスがこのように変わった振る舞いを示す理由をどう説明すればいいのか、頭を悩ませている。
以前の検査で陰性となったのに再検査で陽性となる患者は、何らかの形で再感染したのではないかと示唆する見方もある。こうなると、いったんCOVID-19にかかれば抗体が生成され、新型コロナウイルスによる再罹患を防げるという希望が薄れてくる。
中南病院の救急医療医ツァオ・ヤン氏は、確固たるエビデンスはないものの、自分の勤務施設における症例をもとに考えれば、再感染の可能性に対しては懐疑的になると話している。
「彼らは病院ではしっかりと監視されているし、リスクについても意識が高い。だから隔離状態を続けている。再感染はないだろうと思う」
韓国疾病予防管理センター(KCDC)のディレクターを務めるジョン・ユンキョン氏は、すでにウイルスが体内から消えたと思われた後に再陽性と判定された韓国人患者91人について、ウイルスが「再活性化」した可能性がある、と述べている。
韓国・中国の別の専門家らは、ウイルスの残滓(ざんし)は患者の身体に残るものの、宿主や他の人間に対する危険性・感染性は持っていない可能性がある、と述べている。
こうした再陽性患者について、基礎疾患の有無などの詳細はほとんど開示されていない。
英イーストアングリア大学ノリッジ・スクール・オブ・メディシンのポール・ハンター教授は、ノロウイルスやインフルエンザなど他のウイルスの場合、免疫機能が低下している患者において消滅が異常に遅くなる事例が過去に見られた、と指摘する。
韓国当局は2015年、リンパ腫の基礎疾患がある中東呼吸器症候群(MERS)患者で、ウイルスが116日間体内に残っていた例を発表した。免疫機能の低下により、身体がウイルスを排出できていなかったという。この患者は最終的に、リンパ腫により死亡した。
中南病院のユアン副院長は、患者の体内で抗体ができても、ウイルスが消滅したことを保証するわけではない、と言う。
同氏によれば、一部の患者では、抗体レベルが高くても核酸増幅検査で陽性と判定されているという。
「つまり、抗体とウイルスがまだ戦いを続けているということだ」とユアン副院長は言う。
<精神的苦痛、自殺願望も>
武漢の例に見られるように、まるで際限なく繰り返されるかのように陽性判定が続く人にとって、新型コロナウイルスは精神的にも重荷となってのしかかっている。
心理カウンセラーのデュさんは、武漢での感染拡大が始まったとき、心理療法のホットラインを開設した。彼女は4月初め、郊外の隔離センターを訪問する際に、ロイターの記者の同行を認めてくれた。患者の身元をいっさい明かさないことが条件だ。
ある男性は、この隔離センターの1室に移送される前に入院した3カ所の病院名をスラスラと挙げた。彼は2月第3週以来、10回以上の検査を受けており、時には陰性もあったが、たいていは陽性の判定だったという。
「体調はいいし、何の症状もない。だが検査をいくら繰り返しても陽性になる」と男性は言う。「いったいこのウイルスはどうなっているのか」
患者はこの隔離センターに少なくとも24日間留まらなければならず、陰性判定を2回もらわなければ解放されない。患者はそれぞれ個室に隔離されており、彼らの話では、費用は政府持ちだという。
隔離センターを訪問するデュさんが直面した最も憂慮すべきケースが、冒頭のマホガニー製のドアの向こうにいた男性である。彼はその前夜、医療スタッフに自殺願望を語ったという。
この男性は「頭が混乱していた」とデュさんに語り、いくつもの病院で数限りないCTスキャンや核酸増幅検査を受けてきたこと、そのなかには陰性判定もあったことを説明した。
これほど長く離ればなれになってしまったせいで孫が寂しがっている、と男性は語った。自分の状況からすると、もう二度と孫には会えないのではないかと懸念しているという。
そこまで話すと、男性は再び涙に暮れた。「どうして私がこんな目に」
(翻訳:エァクレーレン)