山尾有紀恵

イタリアの愛好家が描いたアマビエ=イラリア・リッチさん提供

 新型コロナウイルスが流行する中、疫病よけの伝説がある江戸時代の妖怪「アマビエ」の絵をSNSに投稿する「アマビエ・チャレンジ」(#amabiechallengeや#amabie)が世界中に拡散し、カラフルなアマビエの絵がいくつも投稿されています。日本のローカルな妖怪がなぜ、国を超えて愛されているのでしょうか。妖怪に関する論文で博士号を取得し、「妖怪博士」として知られる兵庫県立歴史博物館の香川雅信さん(50)に聞きました。

厚生労働省が作った、アマビエが新型コロナウイルスの感染拡大防止を啓発するアイコン。海外でも報じられた=厚生労働省のHPから

 ――アマビエの絵の投稿が世界中ではやっています。海外メディアは、窓を開けて皆で合唱するイタリアや、窓から虹の絵を掲げる英国での運動と並び、多くの人が一つになって難局を乗り切ろうとする動きのひとつとして取り上げています。ただ、日本でもアマビエは最近までそれほど注目されていませんでした。そもそも、どういう妖怪なのですか。

 「アマビエは、弘化3(1846)年に肥後国(今の熊本県)の海に現れたとされる妖怪です。京都大学の付属図書館が所蔵している摺物(すりもの)(新聞と魔よけの札を兼ねたような印刷物)には、『今年から6年間は豊作が続くけれども、そのかわりに疫病がはやる。そこで、自分の姿を絵に描いてそれを人に見せるように』と言って消えた、と書かれています。この資料などから、『疫病よけとして、自分の姿を人々に見せるように』と予言した妖怪だととらえられています。『ゲゲゲの鬼太郎』のアニメに出てくるので、妖怪好きの間では知られていました」

アマビエが描かれた江戸時代末期の摺物(すりもの)=京都大学付属図書館提供

 「ただ、弘化3年に大規模な疫病があったという記録はありません。人々の不安をあおった上で、『疫病を避けるためにはアマビエの絵が描かれた摺物を買いなさい』という、マッチポンプのようなものだったのではないかと思います」

 ――ロングヘアに鳥のようなくちばし、うろこのある胴体に毛むくじゃらの3本脚という独特の風貌(ふうぼう)のアマビエは、何がそんなに人々をひきつけるのでしょうか。

 「3点あると思います。一つ目は、ちょうど病気が流行しているときにこういう話が出たということ。二つ目は、アマビエが自分の姿を描き写してそれを人に見せろと言ったところが、誰もが思い思いのイラストを描いてSNSに投稿して見てもらう、今のメディアのあり方にマッチしたということです。そして三つ目が、アマビエのデザインです。初めて見ると、江戸時代のものとは思えないんですよね」

「まさにゆるキャラっぽいデザイン」

 ――とぼけた表情が、最近のゆるキャラっぽいです。

 「あまり怖くないし、下手うまというか、まさにゆるキャラっぽいデザインなんです。それが今の感覚にマッチし、うけたんだと思います。実はアマビエと同じような妖怪は別にもいるんです。アマビエが現れる30年ほど前には、肥前国(今の佐賀県・長崎県)の海に神社姫という妖怪が現れ、やはり『私の姿を絵に描いて、写して、それを人に見せれば病気を避けることができる』と言ったとされているんです。アマビエよりも古いですし、その時には実際に疫病がはやっていましたので、そっちの方が力がありそうですが、神社姫のことは話題になっていません。アマビエの特徴的なデザインの力は大きいのかなと思います」

疫病の流行を予言したとされる神社姫=湯本豪一記念日本妖怪博物館(三次もののけミュージアム)蔵

 ――昔の人たちは、どのような思いで妖怪に疫病の終息を願ったのでしょうか。

 「病気は原因がウイルスであるにしても、細菌であるにしても、目に見えない相手です。今、目に見えないはずのウイルスを電子顕微鏡などで撮影した画像が出ますが、あれは目に見える形にしたいという思いがあるからではないでしょうか。昔の人たちも、目に見えないはずの疫病をなんとか形にして、それでコントロールしようとしたんだと思います。何も形がないとコントロールは難しいけれども、形にしてしまえばなんとか対処のしようがあるんじゃないかということです。それが『妖怪』という形になって表れるのかなと思います。アマビエは疫病そのものではないのでちょっと違いますが、『絵にしよう』という背景には、そういう気持ちがあるのでしょうか」

 ――疫病にまつわる妖怪伝説は日本独自の文化なのでしょうか。

 「西洋でもペストなどの疫病を妖怪みたいなもので表した例はあります。英語の『モンスター(怪物)』という言葉は、ラテン語の『モンストルム』が語源ですが、モンストルムは怪物という意味以外に、『警告』とか『前兆』という意味があります。つまり、怪物が現れるのは、これから戦争が起こったり、疫病がはやったり、飢饉(ききん)が起こったり、という、悪いことの前兆だったのです。悪いことが起きる前に怪物が現れるという考え方は日本と同じですね」

メキシコの愛好家がツイッターに投稿したアマビエ=マリア・イバネスさん提供

心の余裕を保つために…

 ――いま、アマビエが世界でも注目されているは、どうしてなのでしょうか。

 「魔よけや信仰ではなく、遊びなのかなと思うんです。おそらく、投稿している人たちも、アマビエの絵を描いたからといって病気をよけられるとは信じていないと思うんですよ。ただ、ウイルスの拡大を防止するために家にいなければならない中で、こういう遊びでもしないと、やってられないという状況があります。自分なりにアマビエを描いて、それを投稿して、みんなに見てもらう。そういうのが一種の気晴らしといいますか、遊びとして受け入れられているんだと思います」

 ――閉塞(へいそく)感があるなかでは、そうした遊びも大事なのかもしれませんね。

 「そうですね。一番怖いのはそういう心の余裕がなくなったときです。これは疫病そのものよりも恐ろしいのですが、最近はちらちらと見られます。隣人トラブルのようなものとか。アマビエの絵を描いているほうが、ずっと健全です。心の余裕を保つのに貢献しているということですね」

トルコのアーティストがティーバッグの上に描いたアマビエ=エブル・ヤルキンさん提供

イタリアのアーティストがインスタグラムに投稿したアマビエ=シモーネ・マリオッティさん提供

 ――コロナ禍が始まる前からアマビエの展示を含む特別展を兵庫県立歴史博物館で企画していたそうですね。

 「こんなに話題になるとは夢にも思っていませんでしたが、怪物が持っている予兆的な側面に注目した展覧会になっているのです。アマビエもそのひとつで、展覧会の趣旨にぴったりだということで資料を京都大からお借りすることにしたんです。ですが、もともとの展示の目玉は、アマビエよりも、先に疫病の流行を予言した神社姫を人魚と考え、厄よけとしてはやった『人魚のミイラ』と、クダン(同じく疫病を予言した、顔が人で体が牛という妖怪)の剝製(はくせい)でした。3番手のアマビエに、人気をかっさらわれてしまいました」

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 兵庫県立歴史博物館の特別展「驚異と怪異―モンスターたちは告げる―」は、新型コロナの感染拡大に伴い、開幕が6月以降に延期される見通しです。詳しい情報は特別展の公式ツイッター(@kyouikaii_hyogo)で見ることができます。(今さら聞けない世界)(山尾有紀恵)