新型コロナウイルスの感染拡大で、日本経済の悪化には底が見えない。この経済てこ入れの「次の一手」として、安倍政権が「消費税減税」の本格検討を始めた。消費税は1989年に3%で導入されて以来、5、8、10と税率が上がってきたが、下がったことはない。「史上初」に向けて安倍政権がイメージする仕掛けとは——。参院予算委員会に臨む(左から)財務省の茶谷栄治大臣官房長、太田充主計局長、可部哲生理財局長=2020年3月25日、国会内

写真=時事通信フォト参院予算委員会に臨む(左から)財務省の茶谷栄治大臣官房長、太田充主計局長、可部哲生理財局長=2020年3月25日、国会内

「太田財務次官」の裏に隠された壮大な戦略

7月14日、財務省は、岡本薫明事務次官の後任に太田充主計局長を充てる人事を発表した。太田氏は20日、次官に就任する。太田氏は、森友学園をめぐる公文書改ざん問題で、理財局長として国会対応にあたった人物。前任で、改竄の中心的役割だった佐川宣寿氏と比べると誠実な印象も与えたが、結果として安倍晋三首相に責任が及ばないように愚直に走り回った。当然、安倍氏も高く評価している。

太田氏が次官に抜擢されたこと自体は、それほどのサプライズではない。ただ、この人事の裏には壮大な戦略が隠されているという見立てがある。

安倍官邸は、経産省主導と言われる。今井尚哉首相補佐官をトップに佐伯耕三秘書官ら経産省出身の「官邸官僚」たちが幅を利かせている。

今回の新型コロナ対応も同じだ。星野源さんとの「コラボ動画」や、アベノマスクなどは、この経産省人脈の発案だといわれる。しかし、残念ながら、アイデアの多くは国民から総スカンを食らい、安倍内閣の支持率を下げる要因となった。

今井氏らは内心忸怩じくじたる思いを持っていることだろう。そこで、起死回生の策として浮かんできたのが「消費税減税」という案だ。

消費税減税に対して、財務省は断固反対の立場だ。実行するには財務省を説き伏せなければならない。そこで太田氏に白羽の矢が立ったという見方が広がっている。

日本経済を立て直す手は「消費税減税」しかない

先に紹介したように安倍氏は太田氏を高く評価している。それは森友問題で安倍氏を守ったのが端緒だが、それだけではない。安倍内閣はコロナ禍が始まって以来、2度にわたって超大型の補正予算を編成し、成立させている。

これらも今井氏ら経産省人脈が主導したのだが、財務省側のカウンターパートが主計局長の太田氏だった。太田氏は、官邸官僚にとっては「つきあいやすい」人物なのだ。これは見方を変えれば「御しやすい」と表現できるかもしれない。

2度にわたる補正予算だけでは、新型コロナで徹底的に弱りきった日本経済を立て直すのは難しい。残された手は消費税減税しかないという見方は根強い。その道を念頭に、「御しやすい」太田氏を抜擢したのではないか。今、太田氏が財務省から外出すると、財務省関係者の間では「今井氏らと消費税の相談ではないか」というささやきがもれる。

もともと安倍首相は「消費税増税」が嫌いだった

消費税率を下げるのは突飛な話ではない。コロナ禍が始まったころの今年3月、安倍氏は国会答弁で「自民党の若手有志からも、消費税について思い切った対策を採るべきだという提言もいただいている。今、経済への影響が相当ある。こうした提言も踏まえながら、十分な政策を間髪を入れずに講じていきたい」と見直しに前向きな考えを表明している。

これまで消費税減税が実行されていないため、「消費税減税は消えた」と考える人も多いだろうが、そうではない。消費税減税は、実現するまでには時間がかかり、即効性が乏しいから本格的な議論が行われなかっただけだ。1次、2次の補正予算で当面の対策を採った今、中期的な景気刺激策として消費税減税が浮上する可能性は十分ある。

仮に消費税減税を行う場合、税率はどうなるのか。現実的なのは8%だろう。消費税は昨年10月に8%から10%に上がっているが、もしこの前にコロナ禍が降りかかっていたら安倍政権は、躊躇ちゅうちょすることなく増税を見送っていたはずだ。それならば、「元に戻す」ことは比較的障害が少ない。さらに踏み込んで「5%」にするという案もある。自民党の若手有志たちは、事実上、税率を0%にする提言をしているが、これは現実味が乏しいだろう。

「解散の大義がない」という批判をかわし、野党結集を封じる

消費税減税には、もうひとつの大きな政治的意味合いがある。今、立憲民主党など、主要野党は次の衆院選に向け「消費税減税」を旗頭に結集を図ろうとしている。その前に安倍政権が消費税減税を打ち出したらどうなるか。野党側は結集軸を失ってしまう。

7月7日配信の「『安倍1強は終わらせない』自民党が今秋の解散・総選挙を急ぐワケ」でも紹介した通り、安倍氏は今秋の衆院解散・総選挙を有力な選択肢と考えている。その際の争点として「消費税減税」を打ち出せば、国民に分かりやすい争点を示すことができる。そして、歓迎される可能性も高い。

「解散の大義がない」という批判をかわしたうえで、野党結集を封じる。政治判断としては一石二鳥にも三鳥にもなるのだ。

そのことは、野党側も察知している。国民民主党の玉木雄一郎代表は8日の記者会見で「安倍氏が減税を争点に衆院解散することもあり得る。野党が先に打ち出さないと、とても戦えない」と危機感をあらわにした。しかし、今の野党は、危機感を持っていても、安倍氏よりも先に消費税減税を打ち出して結集するという瞬発力は持ち合わせていない。

安倍氏は2014年の衆院選では消費税増税の先送りを打ち出して圧勝した成功体験がある。今度は、増税先送りではなく減税を決断して「二匹目のドジョウ」を狙うのだろうか。