屋外のカフェでくつろぐ市民=2020年4月22日、ストックホルム【EPA時事】
屋外のカフェでくつろぐ市民=2020年4月22日、ストックホルム【EPA時事】

◇規制緩やか、北欧内で孤立

【地球コラム】「パンドラの箱」開けたコロナウイルス


 豊かな森ときらめく湖、フィヨルド、一日中太陽が沈まない白夜─。大自然に抱かれたさわやかな北欧の夏は、緯度が高く冬が長いこの地の人々にとって、かけがえのないくつろぎの季節だ。ところが今年は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)という異例の事態に直面している。(時事通信社解説委員 杉山文彦)

◇ ◇ ◇

 デンマーク、ノルウェー、フィンランドは、感染拡大を受けて3月に急きょ厳しい行動制限を設けた。その結果、コロナの流行は各国とも小規模に抑えられ、6月15日から互いの国境をまたぐ移動を再開、待ち望んだ夏休みの旅行に間に合った。

 一方、人口1000万人余の北欧最大の国スウェーデンは「長期戦略」を掲げ、国民の自主性を尊重する緩やかな規制にとどめた。だが7月20日時点で累計の死者数は5619人に達し、そのほぼ9割を70歳以上の高齢者が占める。死亡率は100万人当たり556人と世界最悪レベル。他の北欧諸国と比べても飛び抜けて高い。

 結局スウェーデンは北欧諸国間の国境相互開放の対象から除外された。いわば「村八分」の扱いだ。それでもなおこの国は、ロックダウン(都市封鎖)拒否の姿勢を貫く。

 いったん感染を抑えても、封鎖を解けばいずれ「第2波」に見舞われてしまう。それなら初めから封鎖せず、ウイルスとの共存を視野に入れた上で収束させようというスウェーデンの疫学者、アンデシュ・テグネル氏の助言に基づく戦略だ。型破りの独自路線は奏功するのか。

◇自主性尊重で営業容認

スウェーデンのヘーグベリ駐日大使=2020年7月[筆者撮影]【時事通信社】
スウェーデンのヘーグベリ駐日大使=2020年7月[筆者撮影]【時事通信社】

 「国民の命を守り、感染を阻止するという目的はほかの国と同じですが、私たちの政府は長期戦略を取らなければいけないと考えました。ロックダウンに踏み切れば重要な社会インフラ、経済や企業がどうなるか。長期的に社会が機能し続けることこそ重要です」。スウェーデンのペールエリック・ヘーグベリ駐日大使は、筆者のインタビューにそう答えた。

 北欧諸国にコロナ禍をもたらしたのは2月後半、感染者が増え始めていたイタリア北部などのアルプス山中へスキーに出掛けた若者らだった。スウェーデンではちょうど学校の冬休みと重なり、「2万~3万人がアルプスへ行った」と大使は振り返る。

 そして3月以降、急速に感染が拡大した。ロベーン首相は国民に対し、自主的な判断で対人距離を確保し、衛生基準を守り、高齢者施設を訪問しないよう呼び掛けたが、企業の活動や商店の営業は容認した。高校・大学はオンライン授業に変更する一方、16歳以下には普段通りの登校が認められた。世界的なコロナ禍のさなか、首都ストックホルムのカフェで市民がにぎやかに会話を楽しむ姿が、海外で驚きとともに報じられた。

 ヘーグベリ大使は「スウェーデンは200年にわたる平和、安定と民主主義の国。個人の自由と責任によってこの社会を創造してきました。われわれは政府の強硬な行動を見たことがない。厳格に自由を守ってきたのです」と指摘する。

 1814年を最後に、スウェーデンは一度も他国と戦火を交えていない。2度の世界大戦でも中立を堅持しつつ、高度な社会福祉国家を築いてきた。このような歴史と伝統が、自由と自主性を尊重する異色のコロナ対策につながっている。

 ただ、大使は「死者がほかの国よりも多かったのは事実」と認め、多くの高齢者施設でスタッフの衛生管理問題や、必要な支援物資・設備の不足があったことに遺憾の意を表した。

◇近隣諸国は厳格対応

 スウェーデン同様、スカンジナビア半島の西隣ノルウェーでも2月の冬休み中にアルプスへ出掛けたスキー客の帰国後に感染が拡大した。女性のソールバルグ首相はスウェーデンとは対照的に、厳しい措置を迅速に打ち出した。

ノルウェーのニーハマル駐日大使=2020年7月[筆者撮影]【時事通信社】
ノルウェーのニーハマル駐日大使=2020年7月[筆者撮影]【時事通信社】

 「これは極めて重大だと政府は判断しました。すべての学校を閉鎖し、公共の場所を封鎖し、全国民に自宅でのテレワークを奨励しました。ただし重要なのは、決して強制したのではないということ。人々が受け入れたのです」

 インガ・M・W・ニーハマル駐日大使は筆者のインタビューに応じ、そう語った。

 「北欧で特徴的なのは、政府と市民の関係が近い点です。市民が互いに声を掛け合い、一緒に庭仕事やペンキ塗りに参加したりもします。ノルウェーでは今回、首相や閣僚が子供たちとも直接会って対策を説明するなど、皆に協力を求めました。国王ハーラル5世夫妻がイースター(復活祭、今年は4月12日)中も外出を控えると宣言したほどです」

 また北欧東端のフィンランドでは、政府の大胆な対策を率いる史上最年少34歳の女性首相、サンナ・マリン氏が国民の約8割の支持を得ている。

 とりわけ国際社会から羨望(せんぼう)のまなざしを向けられたのは、冷戦時代から半世紀以上、非常事態に備えて蓄えていた大量のマスクや医療機器、防護服を初めて秘密の備蓄倉庫から取り出し、コロナ対策に充てたことだ。長くスウェーデンとロシアの支配を受け、第2次大戦中もソ連に攻め込まれたフィンランドの用意周到ぶりは際立っていた。

 ミーア・ラハティ駐日公使参事官は「今回の経験は、備えを怠らないことの重要性を示すものです。私たちは『第2波』に対応する準備も進めています」と話した。

 デンマークも女性のフレデリクセン首相の下、北欧で最も素早いロックダウンでコロナ危機を乗り切った。人口わずか36万人の島国アイスランドでは、やはり女性のヤコブスドッティル首相の政権が積極的に検査を行い、感染者を突き止めていった。

 このように見てくると、スウェーデン以外の北欧4カ国はかなり厳格な対策を実施してきたことが分かる。スウェーデンを国境開放から除外したのも、強い警戒感の表れだろう。

フィンランドのマリン首相=2020年5月4日、ヘルシンキ【AFP時事】
フィンランドのマリン首相=2020年5月4日、ヘルシンキ【AFP時事】

 ノルウェーのニーハマル大使は「スウェーデンではコロナウイルスの感染が拡大しているから、現状で国境を開くことは不可能です」ときっぱり話す。

 「これは苦しい決断でした。北欧諸国はいつも密接に協力してきましたから。実際、コロナ危機でもスウェーデンを含む各国の閣僚同士が毎日連絡を取り合っています。ノルウェーには、この夏にスウェーデン国内の山小屋やサマーハウスを利用したい人、友人や親類を訪ねたい人が少なくなかった。でも残念ながら状況が許さないのです」

◇根強い「失敗」批判、死者数は減少

 一方、スウェーデン側の反発は強い。ヘーグベリ大使は「私たちは何百年も北欧の人々と一緒にやってきた。1950年代からは各国間の自由な行き来も可能になりました。だから今回の措置は大きな後退で、とても悲しい。失望を禁じ得ません。スウェーデン人は旅行が大好きなのに」と落胆の表情を見せた。

 こうした中、スウェーデン国内でもロベーン首相とコロナ戦略を主導した疫学者テグネル氏への批判が高まってきた。この数週間、野党側は政府に疑問を呈し始め、メディアも一層批判的になっている。最近の世論調査では、政府の戦略に対する国民の支持が低下しつつある。

 スウェーデンの戦略には、一定数が感染し免疫を得ればウイルスに対抗できるという「集団免疫」形成の狙いがあるとみられている。報道によれば、テグネル氏は6月中に記者会見で、スウェーデンは集団免疫を目指しているわけではないと断りながらも、「免疫のレベルが高まれば入院が必要な患者数は減るし、1日当たりの死者数も少なくなる」と語った。

 ところが、実際には感染者が増えるばかりで、国民の抗体保有率はあまり上昇していない。このため、高齢者多数を犠牲にしただけで、戦略は失敗だったという声が根強い。

 ただ、4月半ばまで1日100人を超えていたスウェーデンの新型コロナによる死者数は、7月初めには10人前後まで減り、減少傾向が鮮明になっている。スウェーデンの手法に防疫面で効果があったかどうかを見極めるには、なお時間がかかるだろう。

 一方、経済面ではどうか。欧州のユーロ圏はロックダウンの影響で今年の国内総生産(GDP)成長率がマイナス8%と予想されるのに対し、緩やかな規制にとどめたスウェーデンはマイナス4%にとどまるとの予想が出ている。

 ヘーグベリ大使は「今のところこれが最良のアプローチだと私たちの政府は信じています。スウェーデンは国境の閉鎖、社会の封鎖が正しいやり方だとは考えていません。ロベーン首相もこの戦略を続けると言っています」と明言した。