リード スティーブンソン

  • ムニョス元日産CPOも大使らからの警告後、逮捕を恐れていた
  • 日産の元法務担当者は内部告発後に報復を受けたと主張

どんな企業内クーデターにも仕掛け人が存在する。日産自動車では、好戦的な戦術を駆使し、マールボロとダブルカフスのシャツ、香りの強いコロンを好む実力者のハリ・ナダ氏だった。

  専務執行役員のナダ氏は2018年、当時日産の会長だったカルロス・ゴーン元会長の金融商品取引法違反などによる逮捕と、失脚につながる一連の出来事を画策した。それらがもたらした後遺症は混迷だった。経営幹部らの輝かしい経歴は打ち砕かれ、経営は混乱に陥り、日産は多額の損害を被った。フランスのルノー三菱自動車との日産のアライアンスは瓦解(がかい)の瀬戸際にある。一方、ゴーン元会長は昨年末にレバノンに逃亡したため、日本の司法制度の下で裁かれる可能性は極めて低い。

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カルロス・ゴーン元日産会長 (ベイルート・8月25日)Photographer: Tamara Abdul Hadi/Bloomberg


  英語、フランス語、アラビア語、ポルトガル語を操り、ビジネス界のセレブだったゴーン元会長は、2000年代初めに日産を没落から救った。十数人の関係者とのインタビューやビデオ映像、これまで未公表だった社内文書に基づくブルームバーグ・ニュースの調査によれば、数幕仕立ての今回の企業ドラマのもう一人の主人公はナダ氏(56)だ。

  ブルームバーグは今年6月、ゴーン元会長によるアライアンス強化に向けた取り組みを懸念したナダ氏と日産幹部らのグループが、逮捕のほぼ1年前から最高責任者を権力の座から引きずり降ろすため組織立った活動を展開していたことを報じた。


日産の社内メール、ゴーン元会長降ろしの実態を浮き彫りに

  新たな取材で得た情報は、ナダ氏らがいかにゴーン元会長を権力の座から引きずり降ろし、仕返しをし、主要なビジネス上の決定をほとんど監視されることなく下そうとしていたかを示唆している。アライアンスからのゴーン元会長追放は、企業社会にショックを与え、1社だけではなく、自動車3社の基盤を揺るがした。日産のシニアアドバイザーにとどまるナダ氏の行動は、今も同社とそのパートナーに禍根を残している。

今回の取材で判明した要点:

  • 日産の現職と元IT担当社員によると、ナダ氏は、元会長を逮捕した検察当局への協力を始める数カ月前に、情報システム関連の主要スタッフに知らせずに、日産のコンピューターシステムと、ゴーン元会長の同社の電子メールアカウントへの侵入のお膳立てをした。
  • 日産の元幹部兼ゴーン元会長の側近で、現在は韓国の現代自動車のグローバル最高執行責任者(COO)、ホセ・ムニョス氏もナダ氏主導のクーデターの一環として逮捕されるのを恐れていた。事情に詳しい関係者によれば、ムニョス氏は勤務先の米国から日本の本社へ呼び出されたが、米国とスペインの駐日大使からの警告を受け命令に従わず日本に戻らなかった。
  • 日産のグローバル法務担当であるラビンダ・パッシ氏は、ナダ氏が自身も類似の行為に関与していたにもかかわらず、ゴーン元会長の不正行為について社内調査をしていると内部告発した後、会社の機器を回収するための仮処分決定の執行を自宅で受けるなど、報復を受けたと主張する。仮処分は日産の申し立てに基づくもので、執行の様子はビデオに収められている。


  昨年末、日本からレバノンに逃亡したゴーン元会長は常に無罪を訴え、クーデターの犠牲者であると主張している。

Details on Former Nissan CEO Ghosn Fleeing to Lebanon
ゴーン元会長の脱出に使われた楽器箱Source: Istanbul Police Department/Anadolu Agency via Getty Images


  報酬の過少申告や日産の資金の不正流用などで起訴されたゴーン元会長はなお、日産と世界最大の自動車メーカーアライアンスのトップだった当時の状況についての質問に答える必要がある。ただ日本の司法当局がこれらの質問をすることはかなわないだろう。

  「問題の核心には、日産社内の陰謀という悲劇があった」と、ゴーン元会長はベイルートでのインタビューで述べ、「会社の健全性は全く考慮されていなかった」と説明した。


  今回のスキャンダルを巡る訴訟は、ボストンやオランダなど各地で進行中だ。ゴーン元会長の共犯として金融商品取引法違反の罪で起訴されたグレッグ・ケリー元代表取締役の初公判は、来月東京地裁で開かれる予定だ。    

  今回明らかになったのは、ナダ氏によるとみられる計略である日産社内の混乱がゴーン元会長の失脚によって終息せず、前最高経営責任者(CEO)の西川広人氏や、現CEOの内田誠氏の下でも続いていることを示唆していることだ。これは日産のコーポレートガバナンス(企業統治)と、危機からの脱却能力に対して疑問を生じさせている。

  当初から日産は、ゴーン元会長、ケリー元代表取締役の不正行為が2人の解任につながったのであって、社内政治のせいではないと主張している。日産はナダ氏がコメントすることを認めなかった。



大掛かりな計画


  マレーシア出身のナダ氏は英国で育ち、グレイ法曹院で学び法廷弁護士の資格を持つ。文部省(現文部科学省)奨学生として中央大学で学んでいたこともある。ナダ氏は雄弁で話好きで知られるが、周りの幹部たちのようにインタビューで話したり記者会見を開いたりするような著名人ではなかった。日産のウェブサイトに掲載されている数枚を除き、公開されている写真は事実上存在しない。

Hari Nada
日産専務執行役員のハリ・ナダ氏Source: Nissan Motor Co.


  1990年に日産に入社し、英国勤務の後、日本の日産本社で約4年間勤務し2012年に欧州で勤務後、積極的な管理手法が、人事や法務などを担当していたケリー元代表取締役の目に留まり、14年にCEOオフィスに移った。ナダ氏はケリー元代表取締役の業務の一部を引き継ぎ、法務やコンプライアンスなどを担当するようになった。

  このポジションは、ナダ氏がゴーン元会長にとって実質的な参謀であることを意味していた。西川氏が17年にCEOに就任すると同氏の参謀となった。横浜にある日産本社の21階の幹部フロアで勤務するナダ氏には、最高幹部らの内部での動きがはっきりと見えていた。それは、ゴーン元会長失脚の経緯がどのようなものになるかを知る立場にあったことを意味している。

  ゴーン元会長は社有機で、パリ、東京など各国を頻繁に行き来していた。18年3月に64歳になった同氏は、引退が近づき、大きな財産を残すことを考えていた。自動車メーカー3社を持ち株会社の下に置き、日産が再びルノーと、ある程度対等の関係になることを望んでいた。対等でないことが、長い間、日本側にとってしこりとなっていたからだ。

  ルノーは約20年前、ゴーン元会長を送り込み、資金を提供して日産を救った。ルノーはその後、日産の株式の43%を保有し筆頭株主となった。18年までに日産の自動車生産台数は増え、ルノーに毎年、多額の配当金を支払った。一方、日産によるルノー株の保有率は15%にとどまり、議決権はない状態だ。

  ゴーン元会長は事業拡大にも目を向け、イタリア・米国系自動車メーカー、フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)を持ち株会社の傘下に加えるための初期段階の交渉を既に始めていた。   

  この大型アライアンスでは電気自動車(EV)やジープ、マセラティなどさまざまな車を販売する可能性があった。年間生産台数は1500万台を超え、1000万台超のトヨタ自動車やドイツのフォルクスワーゲン(VW)を優に上回る見込みだった。新たな巨大アライアンスは、自動車業界が直面する難局を乗り越え、米テスラなどの新興企業に対抗し、モビリティの未来を切り開くための中心的役割を担うと考えられていた。

  そのために、ゴーン元会長は各事業を運営する一流のCEOを必要としていた。権限委譲を進めるにしても、各リーダーから報告を受けるゴーン元会長が舞台裏から彼らを操り、広範囲にわたる戦略を考案、目標が達成されているかを確認するもくろみだった。


  ゴーン元会長がこの帝国を監督するためテレビ会議システムで結んだ複数のオフィスの建設計画が進行していた。一つはベイルートで、日産が元会長のために購入・改装した住宅から歩いて行ける距離に建設されることになっており、もう1カ所は持ち株会社の拠点となるアムステルダムだった。

  しかし、日本では問題が起こっていた。ゴーン元会長の西川氏への信頼は薄らぎ始めていた。西川氏がCEOに就任して1年足らずで、無資格の従業員が完成検査をしていた問題が発覚。収益も低下しつつあった。

Reaction In Japan To Carlos Ghosn's Attack On Accusations
日産本社前(1月9日・横浜)Photographer: Toru Hanai/Bloomberg

  計画を把握していた複数の関係者によると、ゴーン元会長とケリー元代表取締役は西川氏を、当時のチーフ・パフォーマンス・オフィサー(CPO)で北米日産の統括担当だったムニョス氏に交代させることを議論し始めた。スペイン人のムニョス氏は04年に日産に入社し、スペインやメキシコ、米国で頭角を現していた。

  西川氏とムニョス氏は幹部会議で言い争い、主要な成長市場である中国での日産の戦略について意見が異なった。18年初め時点では、ナダ氏を含む少数の中枢幹部にとってムニョス氏が西川氏に代わる可能性が高いことが明らかになりつつあった。

  複数の関係者によれば、この時までに、ナダ氏の忠誠心は西川氏へと傾いていたようだ。ゴーン元会長の側近であり続けることは、ナダ氏が強硬に反対していたルノーとの統合を後押しすることを意味する。ナダ氏の計画を知る複数の関係者によれば、ナダ氏はルノー社内に敵をつくっており、ゴーン元会長の構想が実現すれば、自身の影響力は一層限定的になる可能性があると考えていた。

  ルノーが、支配的持ち分を取得することで日産を救済した時点から、日産社内ではルノーの影響力に対する反感が高まっていた。

  複数の関係者によれば、西川氏とナダ氏は、日本政府は日産が持ち株会社に飲み込まれるのを見たくはないだろうと考えたようだ。そこで、ゴーン一派を排除することを目指したという。

  西川氏はコメントを控えた。

Nissan Motor Co.'s Hiroto Saikawa and Former Chairman Carlos Ghosn
記者会見場で西川氏の前を通るゴーン元会長(2016年5月)Photographer: Yuriko Nakano/Bloomberg


ハッキング

  事情に詳しい複数の関係者によると、18年前半のある時期にナダ氏は、日産とアライアンス企業のコンピューターシステムに侵入するため、ウェーブストーンという仏企業を起用した。日産のシニアITマネジャーらは、侵入を検知するまでこのプロジェクトについて知らされておらず、この動きに驚かされることとなった。

  ブルームバーグが確認した報告書によると、表面上の目的は、同社のサイバーセキュリティー防衛体制を試すことだった。しかし、普段は日産のIT関連業務に携わることのなかったナダ氏は、これによってゴーン元会長の通信内容を閲覧することができるようになった可能性がある。

  18年3-8月は、ナダ氏が検察当局への協力を開始した時期と重なり、ウェーブストーンは、自動車生産システムや将来のモデル計画など幾つかのネットワークにアクセスすることができるようになっていた。報告書に掲載された1枚のスライドは、同社がどのようにしてゴーン元会長の電子メールボックスに到達できたかを示している。

Fallen Automotive Titan Carlos Ghosn Flees to Lebanon
ゴーン元会長が住んでいるベイルートの住居Photographer: Hasan Shaaban/Bloomberg


  この報告書について詳しい複数の関係者によると、通信内容の安全性やプライバシーを要求していたゴーン元会長には、情報を安全に管理し詮索の目から守る対策を講じるための「認定ハッキング」だと伝えられていた。

  ナダ氏がどの情報にアクセスしたのか、また、得た情報をどう利用したのかは分からない。しかし、セキュリティースタッフにウェーブストーンの行動をモニターさせることなく、外部から日産やアライアンスの電子メールシステムに入ったとすれば、いかなるデータの信ぴょう性も疑わしくなる。情報がコピーされる可能性があるだけではなく、追加されたり、消去されたりするかもしれない。電子メール受信箱を含めデータの整合性が疑問視される可能性がある。裁判所で証拠としての信用性に疑義が生じる可能性がある。

  ウェーブストーンの広報担当者、サラ・ラミジョン氏はコメントを控えた。

  同年4月になって西川氏は、アライアンスの解消を困難にするようなゴーン元会長の動きに疑問の声を上げ始め、日産とルノーとの統合に「メリットはない」と主張した。

  事情に詳しい複数の関係者によると、その後、日産はゴーン元会長の報酬体系に関する情報を東京地検と共有。ナダ氏は司法取引をした。10月までの間、同氏はゴーン元会長とケリー元代表取締役に関する証拠をさらに収集した。

逮捕直前


  1カ月後、ナダ氏はケリー元代表取締役に対し、幹部会議のために来日するよう促し、社有機を派遣。ナダ氏は自身の副官的存在である法務担当のパッシ氏とコンプライアンス責任者のクリスティーナ・ムレイ氏に、これから起ころうとしていることを説明した。

Nissan to Seek Removal of Ghosn From Board Amid Probe
ゴーン元会長の逮捕当日に記者会見をする西川氏(2018年11月)Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg


  複数の関係者によれば、ゴーン元会長とケリー元代表取締役が逮捕された18年11月19日の前日、ナダ氏は西川氏に、報道機関への対応や、ルノーへの影響についての詳細な書類を送付した。ナダ氏は、ゴーン元会長の排除はアライアンスを巡る状況の根本的な転換と捉えられるはずだと主張した。

  関係者らによると、ルノーが日産のCOOもしくはそれ以上の役職に人材を指名できる権利と、日産とルノーの関係の統治に関する合意は撤廃すべきだとナダ氏は書いている。同氏は、日産の自立性を高めようとしていた。

  ルノーの広報担当はコメントを控えた。

  ゴーン元会長、西川氏に次ぐ日産の事実上のナンバー3だったムニョス氏は、元会長らの逮捕当日、日本にいた。西川氏はムニョス氏と数人の幹部をオフィスに招き入れ、ゴーン元会長が逮捕されたと告げた。

  ゴーン元会長逮捕のニュースは世界で報じられ、ムニョス氏は自身が主要な会議から締め出されていることに気付いた。11月後半にアライアンス関連の会議に出席するためアムステルダムを訪問。関係者らによると、日産の従業員らは、ムニョス氏の社有機利用や個人的支出について尋ねられたと同氏に打ち明けた。

Renault-Nissan Alliance Showdown In Amsterdam
アライアンス会議に到着するホセ・ムニョス氏(左)と山内康裕氏(2018年11月・アムステルダム)Photographer: Jasper Juinen/Bloomberg


  ムニョス氏は12月には米国で、グーグルの親会社アルファベット傘下の自動運転車開発企業ウェイモの案件を担当していた。シリコンバレーでの交渉の後、翌年1月にラスベガスで開催されるデジタル技術見本市「CES」で日産とウェイモの提携を発表する計画が進んでいた。

  しかし、ムニョス氏が日本に戻らなかった理由はもう一つあったようだ。当時のハガティ駐日米国大使とアルビニャーナ駐日スペイン大使は、ムニョス氏が日本に戻ったら起こる事態について懸念を伝えていた。ハガティ大使は地元テネシー州に日産の北米本社があることから、ムニョス氏および日産と親密な関係にあった。ムニョス氏の考えについて知る複数の関係者によると、同氏は逮捕を恐れ、日本に戻らなかったという。

  ハガティ氏の広報担当者、アビゲイル・シグラー氏はコメントを控え、アルビニャーナ大使の広報担当者、フェルナンド・セランテス氏も同様にコメントしなかった。

  ムニョス氏は翌年1月2日にテネシー州に戻り、翌日から休職扱いとされた。多額の報酬パッケージを約束する書類を渡されたが、その約束は、日本に行きゴーン元会長とケリー元代表取締役に対する捜査を支援する場合にのみ適用するとされていた。日産の従業員らは、ムニョス氏のノート型パソコンと携帯電話も取り上げた。ムニョス氏はCESには出席しないよう告げられ、ウェイモとの提携は発表されなかった。

  事情に詳しい複数の関係者によれば、ナダ氏は、ムニョス氏への日産の対応の管理を、側近の1人であるキャサリン・カーライル氏に担当させた。繰り返し日本に戻るよう言われ、意思決定から締め出されたムニョス氏は、日産での自身のキャリアは終わったと認識したに違いない。1週間後、退職金を受け取ることなく、約1400万ドル(現在のレートで約15億円)を諦めて退社した。同氏は昨年5月に現代自動車に入社。18年11月28日以降、日本に足を踏み入れていない。

  ムニョス氏が現在拠点としている現代自動車米国子会社の広報担当ダナ・ホワイト氏は、ムニョス氏がコメントすることを認めなかった。その上で「ムニョス氏は過去の経験に感謝しているが、現代自動車の幹部として、業績と優越性を確保することに集中している」と述べた。



社内調査


  ナダ氏の行動に詳しい数人の関係者によれば、ムニョス氏が退社すると、ナダ氏は、ライバルあるいは忠誠的でないと見なされた主要幹部らの処分を率いた。関係者の1人によれば、日産はナダ氏にボディーガードや運転手、自動車をあてがい、家賃が月約120万円の六本木の高級マンションをセカンドハウスとして借り上げた。

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ラビンダ・パッシ氏Source: Facebook

  18年の日産と検察当局との協力は秘密裏に行われた。ナダ氏ら少人数のグループが東京地検に情報を持って接近したことが特捜部による捜査のきっかけとなったことは明らかだ。西川氏はゴーン元会長、ケリー元代表取締役についての社内調査を命じた。ムレイ氏とパッシ氏がコンプライアンスと法務部門の責任者として調査を率いた。

  逮捕後にナダ氏は、パッシ氏を米国に派遣した。パッシ氏は米国の法務担当チームが歩調を合わせ、社内調査に協力しているかどうか確かめるよう指示されていた。ナダ氏は、パッシ氏とムレイ氏に対し、国際法律事務所レイサム&ワトキンスが調査を援助する見込みであることを告げた。

  レイサム&ワトキンスは長年にわたり、ゴーン元会長への報酬支払い方法について日産に助言していたが、自社の仕事に対する調査に関与することになりそうだった。社内調査が本格化すると、ナダ氏はムレイ、パッシ両氏と毎日会議を開いた。両氏は、ゴーン元会長の不動産購入のために設立された複数の企業やアライアンス幹部への報酬支払い、税金問題の取り扱いについて、さらに知るようになっていった。

  調査のことを知る複数の関係者によれば、ムレイ氏が名目上、調査の統括役だったが、レイサム&ワトキンスは、ナダ、カーライル両氏と、より緊密に連絡を取っていたようだ。日産は、カーライル氏がコメントすることを認めなかった。

  日産が上場している米国の証券取引委員会(SEC)は、ゴーン元会長、ケリー元代表取締役の不正行為の疑惑について独自に調査を行い、書類の提出を求め、詳細について質問した。

  ブルームバーグが確認した文書と複数の関係者によれば、この時点までに、検察当局との司法取引によりナダ氏がCEOオフィスの責任者としてゴーン元会長に対する疑惑に深く関与していたことが明らかになったものの、ナダ氏は引き続き社内調査を統括していた。ゴーン元会長、ケリー元代表取締役と日産は、その疑惑について肯定も否定もせず19年9月にSECと和解している。

  その間に、ナダ氏率いる日産支持者らは優位に立った。ルノーとFCAが合併し年間売上高1900億ドルに上る巨大自動車メーカーを誕生させる計画は19年6月、日産の反対により白紙撤回された。統合により、フランス政府の持ち分が縮小し日産に議決権が付与される可能性があったにもかかわらずだ。

  そして、新事実が発覚する。

  逮捕の1カ月後に保釈されたケリー元代表取締役は文芸春秋のインタビューで、西川氏も株価連動型役員報酬制度で権利の行使日を変更し、約4700万円を上乗せして受け取っていたと指摘。さらに、西川氏はゴーン元会長の報酬の状況について十分に認識していたとも述べた。日産は、ケリー元代表取締役の主張について別の調査を実施するほかなくなった。

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グレッグ・ケリー元代表取締役(2月・都内)Photographer: Behrouz Mehri/AFP via Getty Images


  その後、事情に詳しい複数の関係者とブルームバーグが確認した文書によると、ムレイ氏とパッシ氏はナダ氏自身も株価連動型報酬を上乗せして受け取っていたことを発見した。

  ナダ氏が、ゴーン元会長の不正行為と西川氏の報酬問題の両方の調査を統括していたことを考えると、利益相反の懸念が強まることを文書は示している。裁判では、ナダ氏の信頼性が疑問視されるだろうし、ゴーン元会長が、不当解任されたとしてオランダで日産を提訴しているため、原告側の訴えに対する日産側の主張は危ういものになっていると、パッシ氏はある文書に書いている。

  パッシ氏は、レイサム&ワトキンスの社内調査への関与やナダ氏と、同じく司法取引をしたとされる元秘書室長の大沼敏明氏の役割について調査するため、クリアリー・ゴットリーブ・スティーン・アンド・ハミルトンと、森・濱田松本法律事務所を起用した。別の文書は大沼氏が株価連動型役員報酬上乗せの旗振り役だったことを示唆している。

  両法律事務所は19年7月23日、パッシ氏に対し4ページのメモを届け、ナダ氏や大沼氏、レイサム&ワトキンスが、ゴーン元会長の調査に関与し続けることのリスクを強調。「関連する議論や意思決定の過程から分離しておく」べきだと書いた。

  レイサム&ワトキンスに何度もコメントを求めたが回答は得られていない。日産は大沼氏がコメントすることを認めなかった。

  ナダ氏の怒りを買うことは間違いないと感じたパッシ氏は、メモを日産の取締役で、監査委員会委員長の永井素夫氏の元に持って行った。パッシ氏とムレイ氏は、調査における役割を究明するために、ナダ氏は監査委員会のインタビューを受けるべきだと主張した。しかし、ブルームバーグが確認した文書によると、永井氏はメモを他の委員と共有することはなかったもようだ。

  日産は永井氏がコメントすることを認めなかった。

  ムレイ氏が作成した報酬問題に関与した80人のリストも日産の取締役と十分に共有されることはなかった。ムレイ氏が送付した電子メールによれば、ナダ氏は取締役会の一部のメンバーに対し、レイサム&ワトキンスのゴーン元会長に関する報告書で十分だと話した。また、電子メールは、ナダ氏自身が上乗せした報酬を受け取っていたと取締役会が知らされることはないことを示していた。ムレイ氏は退任を決意し、退職条件について交渉した。

  ムレイ氏は日産在勤時についてコメントすることを控えた。

  失望したパッシ氏は、ナダ氏や大沼氏、レイサム&ワトキンスのゴーン元会長に関する社内調査への関与についての懸念を社外取締役らと共有する決心をした。19年9月9日の取締役会のために準備された書簡で、パッシ氏は、ナダ氏の調査への関与と利益相反について指摘するのは、自身の「職務上かつ道徳的義務」であるとしている。取締役会でこの書簡について議論されることはなかった。その代わり西川氏の報酬問題と、それに伴う混乱が議論された。西川氏は辞任に追い込まれた。

  パッシ氏はこう警告していた。「これらの問題は重大な懸念をもたらし、やがて頂点に達し、白日の下にさらされ、日産にとって危機的な状況を生み出すと思う」。

  1週間後、パッシ氏はゴーン元会長の調査の一部から外された。パッシ、ムレイ両氏が、日産の取締役会に提出された最終報告書を目にすることはなかった。しかし、取締役会の直後に、米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)やニューヨーク・タイムズ(NYT)が報じた、パッシ氏によるナダ氏に関する暴露は影響力があったようで、1カ月後、ナダ氏にはシニアアドバイザーの肩書が新たに与えられた。

Nissan, Renault and Mitsubishi Motors Heads Hold News Conference as Ghosn Seeks to Regain Clout
アライアンス会見後に握手するティエリー・ボロレ氏と西川氏(2019年3月)Photographer: Akio Kon/Bloomberg


  日産は19年10月19日、ゴーン元会長らによる不正行為の内部調査にナダ氏が不当に関与した事実はないことを確認しているものの、今回の変更は、無用な疑義を招かないようにするため、また今後の訴訟対応など会社として対処すべき重要な課題に取り組む役割を担うために実施するものであるとのコメントを発表した。

  同月、西川氏の後継者選任について日産の取締役が協議した数日後にルノーのティエリー・ボロレCEOが同社の取締役会で解任された。ボロレ氏は日産の筆頭株主であるルノーの代表者として、パッシ氏が永井氏や独立社外取締役に書簡を送付した後に何の行動も起こされなかったことに懸念を表明していた。

  日産の取締役に宛てた書簡でボロレ氏は、「日産の現在の問題は、法令と最良の国際的慣行に従い、十分に透明性の高いプロセスを通じてのみ克服することができる」とし、「現在の不透明性は容認し難い」と指摘した。



逃走劇

  19年が幕を閉じようとしていた時、ゴーン元会長は大逃走劇を演じた。

  パッシ氏のチームは、日産の内田誠・新CEOに、利益相反の可能性があることなどゴーン元会長に関する調査の問題点について説明した。今年1月、内田CEOの直属の部下だったパッシ氏は、グローバル法務担当から外された。そして3月には日産の人事部から、英国に戻り、他のポジションに就く必要があると告げられた。事実上の左遷だった。事情に詳しい複数の関係者によると、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の最中に家族を転居させることを懸念し、パッシ氏は抵抗した。

  5月28日、裁判所の仮処分決定書を持った複数の人物と、日産が起用したと思われる法律事務所の弁護士少なくとも1人が、会社がパッシ氏に支給したノート型パソコンとiPhone(アイフォーン)を保全するため同氏の住居を訪れた。同氏の妻ソニア氏がスマートフォンで撮影した映像には、パッシ氏が訪問者たちに身元を明らかにするよう求め、何を望んでいるのかと話す様子が収められている。映像の中でソニア氏は、「子供たちが怖がっています」と話しているように聞こえる。この映像は、数人の知人や友人、日産の同僚らに共有された。ブルームバーグが確認した通信記録によれば、ソニア氏は、家族が日産に雇われた複数の人物に尾行されているのではないかと感じていたという。

  日産は横浜地裁から、会社が支給した機器の占有移転禁止の仮処分を認められたものの、従業員に支給した会社の機器を回収する手続きとしては異例だ。また、映像では、少なくとも8人が訪問しており、会社が支給した機器を回収するだけの仮処分になぜこれほど多くの人数が必要だったかも不明だ。映像の中でパッシ氏は、ノート型パソコンとアイフォーンを自分で日産に返却すると申し出ており、「非常に不快な」捜索は脅しのようだったと述べている。

  16年にわたり日産で勤務しているパッシ氏は、内部告発による公表に対する報復措置を受けているとして、居住する英国で雇用審判所に訴えを提起している。

  パッシ氏の代理人であるジュリアン・フィドラー弁護士は、パッシ氏がコメントすることを差し控えたが、訴えを提起していることは認めた。

  日産に対する複数の質問とインタビュー要請に対し、日産広報担当のラバーニャ・ワドゥガウカル氏は、「係争中の案件についてはコメントしない」と述べた。

Carlos Ghosn Leaves Prison on Bail After 108 Days of Detention
東京拘置所から保釈されたゴーン元会長(2019年3月)Photographer: Takaaki Iwabu/Bloomberg

  当初から日産は、ゴーン元会長、ケリー元代表取締役の不正行為のみが2人の解任につながったと主張。2人が不法行為を行った「十分で確実な証拠」があることが分かったことを受けて、行動したとしている。

  ナダ氏は、来年1月にケリー元代表取締役の公判で同様の内容の証言を行う見通しだ。複数の関係者によると、ナダ氏は指導的立場にはないものの、法務関連や人事、コミュニケーションなどさまざまな事柄に引き続き関与しているようだ。  

  ナダ氏が守ろうとした日産は、資金節約のためにコスト削減や工場閉鎖を実施し、危機的な状況にある。ブルームバーグ・インテリジェンスによれば、日産は世界市場シェアで現代自動車や米フォード・モーターの後じんを拝し7位。新型コロナのパンデミックによる前例のない苦境を乗り切るために世界的ネットワークが重要な局面にあって、アライアンス内の関係は引き続き緊迫している。


  ゴーン元会長は現在、日本政府により逃亡犯罪人として国際手配されており、自身の疑惑について依然、公の場で弁明をしていない。まずは11月にフランス語版が、その後、日本語版と英語版が出版される予定の著書で自説を主張する可能性がある。

  幼少期を過ごした故郷のレバノンは現在、経済的、政治的に不安定な状況に陥っている。ベイルートの港湾で現地時間8月4日に発生した大爆発では、日産がゴーン元会長在任中に購入した住宅の戸と窓が吹き飛んだが、爆発時にゴーン元会長はいなかった。

  ゴーン元会長は「どの企業にとっても困難な状況だ」とし、「彼らは自分たちがどこに向かっているのか分からないのではないだろうか。ビジョンはもうない。最高の人材は既に去っているか、いずれいなくなると思う」と述べた。

原題:How a Powerful Nissan Insider Tore Apart Carlos Ghosn’s Legacy