欧州連合(EU)から離脱した英国とEUとの移行期間後に向けた経済交渉が難航している。しびれを切らした英ジョンソン政権は、離脱時の約束を覆す内容の法案を公表。真意を測りかねる「暴走」に国内外から批判が相次ぐなか、交渉決裂となり欧州経済が混乱に陥る懸念が出ている。(ロンドン=和気真也、ブリュッセル=青田秀樹)

政権内部でも衝突か

 英国とEUは10日、自由貿易協定(FTA)などの締結を目指す交渉の8回目の協議を終えた。終了後、EUのバルニエ首席交渉官は「EUは柔軟な対応をとろうとしているが、英国は相応の振る舞いをしない」との声明を発表。英国のフロスト首席交渉官は声明で「多くの課題が残り、隔たりが大きなものもある」と述べ、進展の乏しさを露呈した。

 1月末にEUを離脱した英国は、年内いっぱいは加盟時と同じ扱いを受ける「移行期間」にある。年明けからも関税ゼロの貿易などの維持を目指す交渉は、3月に始まった。今月7日にはジョンソン英首相が、EU首脳会議がある10月15日を交渉期限に区切った。だが、ここにきて両者は対決姿勢を強めている。

 火種となったのは、英国が9日に明らかにした国内法案だ。昨年、さんざんもめた末にEUと結んだ離脱協定のうち、肝となるアイルランド島内に物理的国境を設けないで済むようにする方策を、ほごにする内容を含んでいた。

 EU側は猛反発。欧州委員会のシェフチョビッチ副委員長が10日、英国のゴーブ内閣府担当相と会談し、「法案が成立すれば、離脱協定と国際法の極めて深刻な逸脱となる」と指摘。月内に法案から協定違反となる条項を削除するよう求め、現在進めている交渉も「危機にさらすことになる」と警告した。

 一方で、法案は英閣僚も「国際法違反」と認め、英国内や第三国にも波紋を広げている。

 英国では8日に法務当局トップが辞任。英メディアは、法案に反対して法務長官と衝突したとの見方を報じた。スコットランド自治政府も「国際法に違反する内容を承認してくれと議会に求められるはずがない」と厳しい声明を出した。

 ロイター通信によると、米国のペロシ下院議長は「英国がEUとの協定を破れば、米国との貿易協定が米議会を通過することはないだろう」と牽制(けんせい)した。

英国の奇策 「五分五分」

 世界のルールを主導する立場だったはずの英国が、なぜ国際的にも理解を得られない法律を起案したのか。英国でもジョンソン首相の意図を測りかね、見方はわかれている。

 一つは、英国が通商協定なしに移行期間を終えるのに備えている姿勢を示し、EU側の譲歩を引き出す交渉戦術の一環という見方。また、通商協定が結べないと悟り、EU側が席を蹴るように仕向けて責任をEU側にあるようにみせるのではないかとの見方もある。

 サリー大学のサイモン・アッシャウッド教授(政治学)は「後者は、国の信用を著しく下げる」とし、危険な選択肢だと指摘。狙いは前者で「EUの妥協を引き出す序曲なのかもしれないが、成功するかは五分五分だろう」と分析する。

 春先からの新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、欧州経済はすでに景気後退を余儀なくされており、さらにコロナ対策と景気回復を両立させる難しい局面が続く。英国とEUの経済は供給網で深くつながっている。通商協定がないままに年を越せば、企業は高い関税で苦しみ、物流に混乱が起きる「合意なき離脱」と同様の状況に陥りかねない。

 ただ、交渉の焦点は、政府の補助金ルールなどの「公正な競争条件」の確立や、英国水域へのEU漁船のアクセスに絞られてきてはいる。EUのバルニエ首席交渉官は10日の声明で「合意なき離脱による経済や社会への影響を過小評価してはならない」と釘を刺し、「新たな関係づくりには相互の信頼が欠かせない」とした。両者は今月後半にも、交渉の席につく。残された時間は、約1カ月だ。

EU離脱をめぐる時系列

<1月末> 英国がEUを離脱し、移行期間に
<3月~8月> 貿易協定などに関して英EU間で7回交渉
<9月8日~10日> 8回目の交渉
<9月9日> 英国が離脱協定をほごにする国内法案公表
<10月15日> EU首脳会議。英側が指定する交渉期限
<12月31日> 移行期間が終了