世界最多の死者を出している米国の新型コロナウイルス対応は、ついにトランプ大統領本人とその家族、ホワイトハウスで働く側近たちの「集団感染」をもたらした。そんな折、11月3日の大統領選に向けた副大統領候補討論会の論戦を取材し、「Ski at your own risk.」というフレーズを思い出した。「スキーをするなら自己責任で」というほどの意味だ。
今は休刊となったスキー専門誌のコラムで知った言い回しで、概略、以下のような文脈で紹介されていた。
《スキー上級者がゲレンデのコースを外れて自然のままの雪山を滑りたいと思っても日本では必ず「立ち入り禁止」の看板が立っている。ところが、欧米のスキー場で、そういった場面で目にするのは、Ski at your own risk.という警告表示だ》
《危険を冒してでも滑るのか、安全を重視して控えるのか、ゲレンデや雪山の管理者は日本と違いスキーヤーの自由な意思を尊重する。滑るなら、命を落とすかもしれない危険を理解した上で、「自己責任でどうぞ」というわけだ。そこには、スキーヤーを大人として扱い、信頼する姿勢が表れている》
「自由」派の共和党、国民は不満
こんな話を思い出したのは、10月7日に副大統領候補の討論会が行われたのが、2002年冬季五輪が開催された米西部ユタ州ソルトレークシティーだったからだろうか。
ユタ大学の講堂で開催された討論会で、新型コロナ危機への対応を批判された共和党のペンス副大統領が「民主党は『マスク着用を義務化しろ』というが、われわれは国民を信頼している」と民主党のハリス上院議員に反論する場面があった。
ペンス氏の主張には、新型コロナの感染拡大を防ぐマスクの効果を理解しつつも、着用するかしないかは国民の自由な意思に任せるべき選択であり、政府が介入して義務化する話ではない-という共和党の考え方がよく表れていた。トランプ政権と共和党が、事実上の国民皆保険を目指すオバマ前政権の医療保険制度改革法(オバマケア)に反対してきたのも、同様の考えに基づいている。
ただ、こうした考え方が、今の米国で幅広い支持を得ているとは言い難い。
トランプ氏が記者会見で公式にマスク着用を推奨したのは死者が14万人を超えた後の7月21日と遅すぎたし、副大統領候補の討論会の開催時期は新型コロナに感染したトランプ氏自身の治療と経過観察が続いていた時期で、ペンス氏の主張が説得力を持つには環境が悪すぎた。
米統計分析サイト「ファイブサーティエイト(538)」によると、ペンス氏自身が対策チームの責任者を務めるトランプ政権の新型コロナ危機への対応の評価は、不支持が57・4%で、支持は39・8%(10月16日時点)。米国民が政権の対応に満足していないことは明らかだ。
大統領選で政権奪還を期す民主党候補のバイデン前副大統領は、早くからトランプ政権の対応を「失敗」と断じ、選挙戦を優位に進めてきた。米政治専門サイト「リアル・クリア・ポリティクス」によると、全米でのバイデン氏の平均支持率は51・2%と、トランプ氏の42・3%を大きくリード(同日時点)。バイデン氏は勝敗の行方を左右する激戦州でも先行し、トランプ氏の再選には「黄信号」が灯っている。
さらには社会経済活動の本格再開に向けてカギを握るワクチン開発で、トランプ氏が言及してきた「10月中の完成」が実現できないことも確定し、ますます“逆転勝利”のシナリオを描きづらくなった。
「介入」派の民主党
とはいえ、討論会でのペンス氏の主張は、仮に「バイデン大統領」が誕生した場合にその政権がどんな性格になるのかを予見するための助けになるかもしれない。
10月15日、中西部ペンシルベニア州で開かれた対話集会。有権者のワクチンに関する質問に答えたバイデン氏は、有効性が高いと証明されれば、国民全員が接種できるよう、全米の州知事や市長らに協力を求めて、事実上の「義務化」を目指すと述べた。
マスク着用に続く「義務化」の訴えには、国民の保護に役立つなら、政府は国民生活への介入をためらうべきではない-という考え方が表れている。振り返れば、マスク着用の義務化はバイデン氏がハリス氏を副大統領候補に指名した後、2人そろって発表した最初の公約だった。
非常時に政府が力を発揮することを好む姿勢は、バイデン政権の特徴となりそうだ。それは基本的な性格であるために、ほかの政策にも反映されていくことが予想される。
「米国第一」は続く
政府介入を好むバイデン氏の傾向は、マスク着用論議にとどまらない。
例えば、9月に発表された政権公約「メード・イン・アメリカ税制」。海外で生産された品物の米国内での収益に追加課税する一方、米国内で生産する企業は工場再開や雇用の積み増しなどを対象に税控除で優遇する。また、米企業の海外子会社に対する税控除を縮小し、米国内への回帰を促すという政策だ。
選挙戦略上は、前回2016年の大統領選でトランプ氏に劇的な勝利をもたらした中西部の白人労働者の雇用を守り、集票につなげる狙いがある。思想的には、労働者を守るという大義のためなら、企業の自由な経済活動を阻害してでも、政府の徴税権を行使する-というバイデン氏の考え方を反映したものだ。
バイデン氏は、対外政策の構想を示した米外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』(3、4月号)への寄稿でも、「われわれの通商政策は労働者を強化することによって始まる」と述べ、「国民に投資し世界経済で成功する力が備わるまで、新たな貿易協定には加盟しない」と明記していた。
こうした動きを受けて、エコノミストは、バイデン政権が誕生した場合も、しばしば中国を筆頭に貿易相手国への関税引き上げに踏み込んだトランプ政権と同等かそれ以上の「保護主義」が続くのではないかと警鐘を鳴らす。
「個人の自由」と「政府介入」のあり方をめぐって、共和党と民主党の考え方には根本的な違いがあることが鮮明になっているにもかかわらず、通商政策での「米国第一」は党派を超えて共有されようとしている。それもまた、今回の大統領選を通じてはっきりしてきたことだ。(外信部 平田雄介)