新型コロナウイルス感染の「第2波」が見舞われる欧州で各国が外出や経済活動の制限に乗り出す中、北欧スウェーデンが厳しい行動規制を設けない独自の路線を貫いている。マスクの着用も推奨していない。緩やかな措置を続ける背景には、ウイルスとの長期戦のため、国民を疲弊させないとの戦略があるという。(ストックホルム 板東和正)

 「私らの国では、多くの国民がマスクを1度も着用したことがないと思う」

 スウェーデンの首都、ストックホルム市内の地下鉄の構内でマスクをつけずにいた市民の男性(42)がそう語った。

 言葉通り、駅構内や電車の車両内だけでなく、市中心部の店舗内で、マスクを着用する市民の姿はほとんどみられない。マスクをしなければ罰金を科されることもある他の欧州諸国と別世界のような光景だ。

 スウェーデンは新型コロナ感染の「第1波」が欧州で広がった今春、ロックダウン(都市封鎖)を採用しない対策で注目された。マスク着用については、欧州の市民が慣れていないことも政府側が考慮した上で、「(着用時に)必要以上に顔に触れば、感染リスクになる」などと判断し、義務化や推奨を見送った。

 英調査会社ユーガブによると、英仏やイタリアのマスク着用率は76~88%に上るのに対し、スウェーデンはわずか9%だ。

 ストックホルム市の会社員、ズロ・ザッターストームさん(33)は「政府は国民に無理をさせないことを最優先にしている」とし、マスク着用には「強制して国民にストレスを与えないようにしている」と推察した。

 ストックホルム中心部のカフェを訪れると、「ソーシャルディスタンス(社会的距離)を守ろう」との張り紙が店内で目についた。一部の席を使用禁止するなどの対応はとられていないが、客は空席を間において座り、勉強や仕事をしていた。

 欧州では再び飲食店の営業規制などに乗り出す国もあるが、スウェーデンは新型コロナ流行下でもレストランの営業を認め続けている。一時要請された学校の閉鎖も高校・大学に限定。主な対策は50人以上の集会の禁止や社会的距離の確保、自宅勤務の勧告などにとどめている。

 カフェにいた大学職員の女性(38)は「スウェーデンの夫婦の大半は共働き。小学校が休校されたら娘は自宅で孤独な時間が増える」と打ち明け、政府の対応に賛意を示した。

 現地メディアによると、国民の半数以上が政府の対策を支持している。理由の多くは、外出制限や小中学校の休校などを避けたことで、家庭環境の悪化や経済への致命的な打撃を防げたとの評価だ。

 政府が緩やかな感染防止措置を重視するのは「(新型コロナとの戦いが)短距離走ではなく、マラソン」(政府の対策を指揮する疫学者、アンデシュ・テグネル氏)との考えからだ。地元のカロリンスカ研究所のヨナス・ルドビクソン教授(疫学)は「厳しい措置で国民を疲れさせてしまうと規制を守り続けることが難しくなり、感染拡大につながる」と解説した。

 欧州疾病予防管理センター(ECDC)によると、21日までの14日間の10万人当たりの新規感染者数では、外出制限をした英国やフランス、スペインが300人を超える一方、スウェーデンは100人未満。国民の自主性を重んじ、最低限のルールで感染拡大を抑えるのに一定程度、成功したともいえる。

 ただ、スウェーデンより厳しい措置をとるノルウェーやフィンランドといった周辺の北欧諸国と比べると10万人当たりの感染者数は多い。スウェーデンの累積感染者(約10万人)と死者(約6000人)は日本を上回ってもいる。

 「(緩やかな措置で)感染しないか不安はある。ただ、表だって口にしにくい雰囲気もある」。カフェの店員はそうも漏らした。

 地元の科学者ら2000人以上は今年3月、政府に厳しい制限措置を求める誓願に署名した。署名した感染症学者、セシリア・セーデルベリ・ナウクレル教授は「外出制限などを実施していれば、数千人の命が助かったとの分析がある」と語り、政府の対応に疑問を呈した。