菅義偉(すが・よしひで)首相が26日に行った所信表明演説は、極限まで贅肉(ぜいにく)をそぎ落とした演説だった。安倍晋三内閣の官房長官として実務的な能力を遺憾なく発揮し、政権を手にした首相らしいといえば首相らしい。

 デジタル庁の設置など、首相こだわりの政策は盛り込んでいる。2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする方針も打ち出し、産業界に配慮する姿勢が強かった安倍政権との違いも見せた。

 だが、最も際立った安倍氏との違いは、演説を行うこと自体の目的だったのではないか。

 安倍氏はエピソードを交え、聴く者の感情に訴える演説を得意とした。第2次安倍内閣発足直後の所信表明演説で「自らへの誇りと自信を取り戻そうではありませんか」などと呼びかける文言が6カ所にちりばめられ、今年1月の施政方針演説では8カ所に上った。安倍氏には自らが理想とする社会を築くため、言葉で国民を動員しようとする意欲があった。

 これに対し、首相の演説で国民に呼びかける場面はなかった。代わりに、携帯電話料金の引き下げや不妊治療の保険適用など生活に身近な政策がこれでもかというほど並んだ。「国民のために働く内閣」を標榜(ひょうぼう)する首相にとって、国民は巻き込む対象ではなくサービスを提供する相手だという認識が垣間見える。

 首相は演説で「行政の縦割り、既得権益、あしき前例主義を打破し、規制改革を全力で進める」と強調した。だが、その先に目指す社会像は「自助・共助・公助そして絆」と述べるにとどめた。いずれも社会に欠かせない機能である以上、重点の置き方を示してこそ首相の思想が伝わるが、政府高官は「あまり理念を語っても意味がない。何を実現していくかということを語る人だ」と解説する。

 過去には口ばかり達者で、ほとんど何も実現できなかった政権もあった。首相が同じ轍(てつ)は踏むまいと決意しているにせよ、言葉で国民を説得できなければ、規制改革一つをとっても実現に向けたハードルは高くなる。(杉本康士)