[香港 5日 ロイター BREAKINGVIEWS] – 中国のエコノミストが書いたリポートが、政府の神経を逆なでしている。「スタグフレーションがやって来る」と題する著名エコノミストRen Zeping氏のリポートは、1日に公表されるやいなや同国のソーシャルメディア上で爆発的に拡散した。5日に開幕した中国全国人民代表大会(全人代=国会)では経済計画が打ち出される予定だが、リポートへの反応からは経済政策が直面する難題が見えてくる。

Ren氏は政府の調査部門でエコノミストを務めた経歴の持ち主。2014―15年の中国株の強気相場を正確に予想し、その後の暴落も事前に示唆したことから信奉者が増えた。今回のリポートを読んだ人々の一部は2010年のことを思い起こした。当時は消費者物価インフレが起こる一方で国内総生産(GDP)成長率は減速するという明確なかい離が生じ、一般市民の不満を買った。

中国の人々が現時点でスタグフレーションを心配するのは奇妙に映るかもしれない。スタグフレーションとは、1970年代に米国を悩ませたような低成長と高い物価上昇率の組み合わせだ。中国政府は5日、成長率の目標を「6%以上」に設定したと発表した。昨年はコロナ禍で目標設定を見合わせていた。現在、消費者物価のインフレは無きに等しく、食品を除く消費者物価指数(CPI)は1月に1%近く低下している。政府の今年の目標は3%の上昇だ。

もっとも民間調査によると、1、2月に製造業の景況感は弱まり、サービス業も落ち込んだ。同時に、ゴールドマン・サックスの推計によると世界のコモディティー価格は今年に入って20%前後も上昇している。いずれは世界最大の原油、鉄鋼、銅輸入国である中国にも打撃が及ぶだろう。景気刺激策が世界的なインフレを引き起こすとの懸念から、米国債利回りは既に上昇している。

中国人民銀行(中央銀行)共産党委員会書記である郭樹清氏にとって、これらはすべて頭痛の種だ。郭氏は、景気回復を損なわずに過度なレバレッジを抑制することに努めてきた。中国は新型コロナウイルス大流行に伴うロックダウン(都市封鎖)と景気後退からいち早く抜け出し、国民の間には浮かれムードが広がったが、最近はそれが衰えてきたことを郭氏は重々承知しているはずだ。今週行った講演では、コロナ禍対応の刺激策と補助金が徐々に終了する中で、金利の上昇は避けられないと発言。これを嫌気して株価は下落し、銀行当局が、郭氏は正式な利上げを示唆したわけではないと釈明する事態となった。

政策が正常化すればインフレ圧力は低下し、通貨が上昇すれば輸入エネルギー価格の上昇も和らぐかもしれない。しかしそうなれば、未だ不均衡かつ不完全な景気回復はとん挫するリスクがある。他方、インフレ圧力を放置すれば、郭氏が抑制に努める一級都市の不動産価格など、資産価格に波及しかねない。中国きっての敏腕政策責任者らが、厳しいジレンマに陥るかもしれない。

●背景となるニュース

*全人代が5日開幕し、李克強首相は2021年の成長率目標を6%以上に設定する政府活動報告を発表。昨年は目標設定を見合わせていた。

*政府の調査部門に勤めた経歴を持つRen Zeping氏は1日、対話アプリ「微信(ウィーチャット)」の自身の公式アカウントで「スタグフレーションがやって来る」と題したリポートを公表した。中国の景気サイクルは回復期からスタグフレーション期に移行中だと唱えている。

*中国人民銀行(中央銀行)共産党委員会書記である中国銀行保険監督管理委員会(銀保監会)の郭樹清主席は2日の記者会見で、今年は市場金利の上昇に伴って貸出金利も上昇するとの見方を示した。この報道を受けて株価は下落した。

*郭氏は、政府は国内市場の波乱を避けるため資本流入を管理する方法を検討中だと説明。当局は、外国市場でのバブル崩壊リスクを「非常に懸念している」と述べた。バブルのリスクは、中国の不動産セクターが直面する最大の課題だとも指摘した。

(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)