新型コロナウイルス対策の大胆な規制解除に踏み切った英国が、深刻な人手不足に慌てている。濃厚接触者の自主隔離が急増し、接触追跡アプリの通知音から「ピンデミック」と呼ばれる事態になった。英政府はワクチン接種で重症化は防げると感染拡大を容認し、経済を回す道を選んだが、「コロナとの共生」の難しさが露呈した。(ロンドン=和気真也、金成隆一)
ロンドン北部のスーパーで24日、がらがらの棚の前で、客が困った様子で立っていた。棚には「全国的な供給問題で、全ての商品を取りそろえることができません」の表示。水を求める親子連れに在庫を尋ねられた店員は「いまあるので全部。次に入るメドもわからない」と謝った。
商品不足を生んだのが、コロナの追跡アプリによる「感染者との接触通知」。7月は1日当たりの感染報告が5万人を上回った日もあり、今月14日までの1週間に濃厚接触したとしてアプリ通知で自主隔離を求められた人がイングランドで60万人を超えた。1カ月前の15万人から急増した。
隔離のために職場に行けなくなった人が続出したとみられ、食品の物流が停滞。英メディアは、ガソリンスタンドの営業休止や交通機関の乱れも生じていると報じている。
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英政府は19日、人口の8割超を占めるイングランドでロックダウン(都市封鎖)の法的規制をほぼ解除。残った規制の一つが、感染者と接触した人が10日間、自主隔離するルールだ。8月15日まで続く。
産業界は困惑し、異口同音に政府に対応を求めた。英産業連盟のダンカー事務局長は22日の声明で「今の自主隔離のやり方では、経済を開くどころか閉ざしてしまう。政府の狙いとは反対のはずだ」と主張。「2回のワクチン接種をした人に自主隔離を免除すれば、ピンデミックは終わる」と訴えた。
慌てた政府は23日夜になり、食品物流など生活インフラに関わる労働者らは、ワクチンの2回接種などを条件に自主隔離の対象外とする方針を発表。ただし、全ての従業員ではなく、事業所ごとに政府が「指名した人」のみとなる。
8月16日には全員が対象外となるが、それまで大きな改善は見込めず、混乱が続くとの見方が強い。
感染急拡大、首相は「予想の範囲内」
英国では1日当たりの新規感染報告が、5月は2千~4千人前後だったが、インドで見つかった変異株(デルタ株)の広がりで7月中旬に5万人を突破。その後は少し落ち着いたが、いまも2万~4万人台で推移している。
感染者数が高止まりする中でも、政府は「ワクチン接種で感染者が重症化したり死亡したりする可能性が減っている」と主張。感染の急拡大についても「当初予測の範囲内」(ジョンソン首相)と強調してきた。実際、ジョンソン氏は5日時点で「19日までに5万人になるかも」と述べていたが、その通りとなった。
マスク着用は、いまも公共交通機関や食料品店では求められているが、着用していない人は少なくない。今月下旬、バーミンガム郊外の路線バスでは、乗客8人中、着用は2人だけ。ショッピングモールでも着用率は3割ほどだった。
ジャビド保健相は「夏に10万人に達する可能性がある」と認めており、自主隔離を求められる人が一段と増える恐れがある。
危機感を深める英国医師会(BMA)は23日、「政府は目を覚ます必要がある。(人手不足は)接触追跡アプリの通知数が多いからではなく、政府が効果的な対策を講じず、ウイルス蔓延(まんえん)を許していることの直接的な結果だ」との声明を発表。英国が世界有数の感染者数を出す中、マスク着用などの法的規制を撤廃するのは時期尚早と批判し、「政府にはウイルス拡散を抑制するための強制措置を講じる公衆衛生上の義務がある」と政策の見直しを訴えた。