静岡県熱海市の伊豆山地区に深刻な被害をもたらした大規模な土石流は発生から3日で1か月です。土石流は最初の通報から少なくともおよそ2時間にわたり繰り返し住宅地に押し寄せていたことが、消防の記録やNHKが入手した動画などから新たに分かりました。

熱海市は最初の通報から30分ほど後に、大雨警戒レベルの中で最も高い「緊急安全確保」を出しましたが、NHKが被災者を対象に行ったアンケートでは、回答した人の8割が当時は認識していなかったと答えていて、市は一連の対応を検証したいとしています。

7月3日、熱海市伊豆山地区で起きた大規模な土石流について、NHKは消防の通報記録や住民の証言、それに撮影された動画などから当時の状況を分析しました。

それによりますと、消防に最初に通報があったのは午前10時28分で、逢初川の上流部の住民から「前の家が跡形もなく流された」という内容でした。

当時、周辺にいたという住民の証言では、このあと土石流は川沿いに流れ下り、通報から27分後の午前10時55分に撮影された動画には、大規模な土石流が猛烈な勢いで中流部の住宅に押し寄せる様子が記録されていました。

一方、熱海市はこの間、5段階の大雨警戒レベルのうち、レベル4の「避難指示」は出していませんでした。

市が最も高いレベル5の「緊急安全確保」を出したのは、最初の通報から37分後の午前11時5分で、この情報を緊急速報用のメールで通知しましたが、現地の防災無線などではほとんど周知されていなかったということです。

土石流はこのあとも繰り返し住宅地に押し寄せ、下流部の東海道新幹線の線路の北西部にある住宅地では最初の通報から47分後、「緊急安全確保」が出されて10分後の午前11時15分に、猛烈な勢いの土石流が住宅などを押し流している様子が動画に記録されていました。

さらに午後0時10分にも、川の最下流部となる海沿いの国道上に土砂が押し寄せる状況が動画で確認されました。

このほかの証言などから、土石流は最初の通報から少なくともおよそ2時間にわたり繰り返し住宅地に押し寄せていたことが分かり、住民のなかには流れ下る土石流を10回以上見たと証言する人もいました。

「緊急安全確保」は、災害が発生、もしくは切迫している状況に出されますが、NHKが被災者を対象に聞き取りで行ったアンケートでは回答した60人のうち、85%が当時「緊急安全確保」が出されたことを認識していなかったと答えています。

また56%が市の避難の呼びかけの対応は不十分だったと答えました。

熱海市では前日の先月2日から土砂災害警戒情報が出され、市は3日の午前9時すぎに気象台から「断続的に雨が降り続いているので厳重な警戒を続けてほしい」という連絡を受けていました。

また市には3日の朝から大量の泥水を見たり、雷や地響きに似た音を聞いたりして異常を感じた住民からの訴えも相次いでいたということです。

これについて熱海市の斉藤栄市長は、8月1日の記者会見で「今回の判断が100%正しかったということを申し上げているわけではないが、きちんと庁内でも検証する必要がある」と述べ、一連の対応を検証したいとしています。

“盛り土” 県と市 当初から危険性認識

静岡県熱海市で起きた大規模な土石流で、被害を拡大させたとみられる上流部の盛り土について、県と市が当初から土砂の流出の危険性を認識し、造成した業者や現在の土地の所有者と安全対策について協議していたことが分かりました。

しかし、県や市が対策が実施されたかをどこまで確認していたかは明らかになっておらず、住民からは説明を求める声があがっています。

静岡県熱海市の伊豆山地区で起きた大規模な土石流では、市に届け出がされた計画を大幅に超える規模の盛り土が被害を拡大させたとみられています。

この盛り土について県と市は土砂の搬入が始まった平成21年の時点で、流出の危険性があるとして盛り土を造成した神奈川県小田原市の不動産業者と対策を協議していました。

さらに平成23年にこの業者から土地を買い取った今の所有者とも対策を協議していたということで、平成25年には今の所有者側から県に対し、安全対策に関する文書が提出されていました。

NHKが入手した文書には「前の土地所有者が熱海市の指導を無視して放置した伊豆山漁港及び逢初川下流水域への土砂崩壊による二次災害防止の安全対策工事を施工する」と記されています。

しかし、その後工事が実施されたのか、そして県や市が対策が実施されたかをどこまで確認していたかについて明らかになっておらず、県は今後、検証を進めるとしています。

これに対し7月末に開かれた市の説明会で、被災した住民から「人災だ」とか「盛り土の経緯を明らかにすべきだ」という指摘が相次ぐなど、行政側の対応について説明を求める声があがっています。

熱海市の斉藤栄市長は、8月1日の記者会見で「根拠がなければ人災かどうかは言えない。市の対応を市が検証しても客観性はないと思う」と述べ、まずは県の調査に協力するという考えを示しています。

一方、今の所有者の代理人を務める河合弘之弁護士は「所有者本人は今回の文書には覚えがないと言っている。今回崩落した箇所については以前も土砂が下流に流れたことがあったので、行政側から『触らないでおいてほしい』という話があったと聞いている」と説明しています。

22人犠牲5人不明 遺族の思い

熱海市で起きた土石流では22人が犠牲となり、いまも5人の行方が分かっていません。遺族は突然、家族を失い心の傷を抱えています。

長女を亡くした小磯洋子さん

小磯洋子さん(71)は長女の西澤友紀さん(44)を亡くしました。

友紀さんは小磯さんの自宅から100メートル余り離れたアパートの1階に夫と5歳の娘と3人で暮らしていました。

先月3日の午前中、小磯さんは友紀さんから電話で「近くの小屋が流された」と連絡を受けて避難するよう伝え、その後、みずからも消防に促されて避難しました。

そして避難先で友紀さんたちをさがしていたところ、泥まみれになった友紀さんの夫と娘を見つけましたが、その場に友紀さんはいませんでした。

夫の話では、友紀さんたちがアパートにとどまっていた際に突然、土砂が部屋の中まで押し寄せ、友紀さんたちは窓から逃げようとしました。

友紀さんは先に外に出た夫に娘を預け、夫は娘を抱いて必死で逃げましたが、振り返ると友紀さんの姿はありませんでした。

小磯さんは「何十回、何百回と娘に電話をかけましたがつながらず、どこかに挟まって生きているのではないかと思い、見つかるまでの2週間は人生でいちばんつらかったです。私の自宅に避難するように強く言えばよかったと後悔しています」と語りました。

友紀さんは生前、家族との日々の暮らしをインスタグラムに投稿していました。

友紀さんの行方がわからなくなったあと、小磯さんは数千件にのぼる投稿の一つ一つに目を通したといいます。

すると4年前の「母の日」の投稿に、小磯さんの写真と「面と向かっては『感謝』をなかなか言えない私。だけどこの世で1番感謝をしなくてはいけない人です。いつもありがとう!!」というメッセージが添えられていたことに気付きました。

小磯さんは「このようなことばを言われたことがなかったので、こんな形で知ることになったのがとても悔しいです。私も面と向かっては言えませんでしたが、『大好きだよ』と伝えてあげたかったです」と話しました。

友紀さんは音楽が趣味で、小磯さんが伊豆山地区で経営するカフェに足を運んでは、小磯さんが好きな歌を歌ってくれたといいます。

小磯さんは先月末、カフェのバルコニーで海に向かって「ゆうちゃん大好きだよ」と伝えられなかった思いを声にしました。

小磯さんは「双子みたいな親子で、娘の青春時代も共に過ごしてきたので、これまでの日常とは別の世界にいるように感じる日々が続いています。1か月たっても何も変わらないし、たぶんこの先も変わらないと思います」と話しました。

そして今回の災害は人災だと訴え、「このようなことが二度と起きないように、行政にはしっかりと対応してほしい」と話していました。

母を亡くした草柳孝幸さん

草柳孝幸さん(49)は一緒に暮らしていた母親の笑子さん(82)を亡くしました。

草柳さんは、7月3日の午前中自宅の向かい側にある姉の家を訪ねていました。

午前11時すぎ、姉の家の2階から自宅に土砂が押し寄せてきたのを見て、すぐに自宅の裏口に回って家の中をのぞくと1階部分は土砂で埋まっていました。

「おふくろ!」と何度も呼びかけましたが、笑子さんからの返事はありませんでした。

その直後に激しい地鳴りの音がしたため、近くの駐車場に避難せざるをえず、再び押し寄せた土砂で自宅が押しつぶされる様子をただ見ていることしかできませんでした。

笑子さんは高齢のため耳が遠く関節の病気で足も不自由で、異変に気付くことができなかったのではないかと考えています。

草柳さんは「自分がもう少し早く気付いて2、3分早く動いていれば、助けられたかもしれない。1人になるとそのことばかり考えてしまい、つらくてずっと眠れませんでした」と話しました。

建設業に携わる草柳さんは母親を早く見つけ出したいと、発生の3日後からダンプカーで土砂を運び出す作業に加わり、先月16日に帰らぬ人となった笑子さんと対面を果たしました。

口元を見て一目で母親だとわかったといいます。

草柳さんは「母は名前のとおりよく笑う人でした。酔っ払って帰ってきても『あまり飲み過ぎないで』と言われるぐらいで、4人きょうだいの末っ子の自分には甘かったと思います。母に伝えたいことは『助けられなくてごめんね』、ただそれだけです」と話しました。

今も土砂を運び出す作業を続けていて「行方不明の人たちが全員見つかるまでは終わりじゃないと思っています。1日でも早く見つけてあげたいです」と話していました。

「住まいの確保」に不安 被災者アンケート

NHKが被災した人を対象にアンケートを行ったところ、「住まいの確保」や「地域の復興」に不安を抱えている人が多いことがわかりました。NHKは被災した人を対象に先月26日から聞き取りでアンケートを行い、2日までに60人が回答しました。

「今後の生活で不安を感じることは」

それによりますと、複数回答で「今後の生活で不安を感じることは何か」聞いたところ、「住まいの確保」と答えた人が28.3%と最も多く、次いで「ライフライン」と答えた人が23.3%、「地域の復興」と答えた人が21.7%でした。

また、将来的に被災前の場所で生活したいと考えているか聞いたところ、「元の場所で生活したい」と回答した人が65%にのぼった一方、「わからない」が18.3%、「別の場所に住む」が16.7%となりました。

「わからない」や「別の場所に住む」という回答の理由では、「被災して家もなく恐怖がある」とか「安全とは思えない」など再び土砂が流れ出ることへの不安の声が聞かれました。

被災したあとの体調や精神面での変化を尋ねる質問には、45%の人が「変化があった」と回答し、具体的には「これからのことを考えると眠れない」とか、「当たり前の日常がなくなり気持ちが落ち着かない」、「ストレスで血圧が下がらない」として今も影響が続いていることをうかがわせていました。

「最初に避難するきっかけは」

アンケートでは当時の避難の状況についても聞きました。

「最初に避難するきっかけとなったのは何か」と聞いたところ「消防や消防団、警察の呼びかけ」と回答した人が25%と最も多くなりました。

次いで多かったのが実際に土石流が発生するなど「周辺環境の悪化」で8.3%、「家族・親族」と「近所の人」の呼びかけがいずれも6.7%でした。

また、熱海市が先月3日の午前11時5分に大雨警戒レベルで最も高いレベル5の「緊急安全確保」を出していたことを当時、認識していたかという質問には「認識していなかった」と答えた人が51人と全体の85%を占めました。

市の避難の呼びかけの対応について「不十分だった」と答えた人は56.7%にのぼりました。

土石流の危険性「認識していなかった」88%

アンケートでは、今回の災害の前に土石流による被害の危険性を認識していたかどうかも聞いたところ、「認識していなかった」と答えた人が88.3%を占め、その理由として「過去に被害を受けたことがなかった」という回答が最も多くなりました。

また、土石流の起点にあったとされる盛り土について、造成されていることを知っていたかという質問には「知らなかった」と答えた人が73.3%にのぼり、崩壊の危険性についても「感じていなかった」という回答が81.7%を占めました。

造成した業者や現在の土地の所有者に対する県や市の対応が十分だったと思うか聞いたところ「不十分だった」という回答が68.3%にのぼりました。

「今後の生活がとても不安」

NHKのアンケートで今後の生活で不安に感じることに「住まいの確保」と答えた田中均さん(64)は熱海市の伊豆山地区で生まれ育ち、築およそ30年の住宅に妻と2人で暮らしていました。

先月3日の午前中、田中さんは自宅の窓越しに電柱が揺れているのに気付いて外の様子を見ると、隣の家の1階が土砂に埋まり、2階で親子が助けを求めていたため、はしごを使って救助したということです。

しかしその直後に押し寄せてきた大量の土砂で自宅が流され、住まいを失いました。

田中さんは土石流で親しく交流を重ねてきた近所に住む7人を亡くし、同じ地域ではいまも行方が分からない人が3人いるということです。

田中さんは「こんなことになるとは夢にも思いませんでした。近所の人たちはみんな知っている間柄ですが、本当に一瞬ですべてなくなってしまいました」と話しました。

田中さんは去年5月に県外で暮らす子どもや孫たちが遊びに来られるようにとおよそ1000万円をかけて自宅をリフォームしたばかりでした。

自宅とともに愛用してきた家財道具や思い出が詰まった家族写真などもすべて流されてしまったということです。

現在もホテルでの避難生活を余儀なくされていて、まずは被災者向けの公営住宅に入って生活を立て直したいと考えていますが、将来的にふるさとに戻るかどうかは分からないといいます。

田中さんは「地元には愛着がありますが、自宅のあった場所は復旧の見通しが立たないので、同じ場所で暮らすことにはこだわらないようにしたいと思います。子どもや孫が安心して集まれる場所を確保したいのですが、リフォームしたばかりの家を失ったため、今後の生活がとても不安です」と話していました。

「住民が離れる動きが広がらないか心配」

アンケートで今後の生活で不安に感じることに「地域の復興」と答えた石井裕隆さん(36)は伊豆山地区の沿岸部にある住宅に妻と2人で暮らしていました。

石井さんは熱海市の商工会議所の職員で、ことし6月には新型コロナウイルスの影響で打撃を受けた地元に元気を届けたいと、東京オリンピックの聖火リレーにランナーとして参加しました。

石井さんの自宅は1階部分の大半が土砂で埋まり、行方不明者の捜索活動が続く中、倒壊のおそれがあるとして、警察に解体を求められたということです。

このため現在は熱海市内に借りたマンションに夫婦で移り、生活の立て直しを図ろうとしています。

石井さんは将来は地元に戻りたいという意向がありますが、土石流への恐怖心も残っているといいます。

石井さんは地元に以前のような活気が戻るのか大きな不安を感じるといい、「伊豆山地区から住民が離れる動きが今後広がらないか心配です。一刻も早い地域の復興を願うばかりです」と話していました。