「安全保障」と「経済」を組み合わせて国際社会などでの影響力を行使する外交戦略「経済安全保障」の分野は、米中覇権争いのなかで喫緊の課題となっている。岸田文雄首相は経済安保推進法の制定に本格的に乗り出すが、台頭する中国との間合いをどう測るのか、議論はこれからだ。
経済安保には、先端技術を振興する「攻め」と、技術や情報の流出を防ぐ「守り」の両面があり、あきらかになった法案の概要でもその特徴が出ている。
情報通信やエネルギーなどを他国に過度に依存しない「自律性の確保」は、「守り」の柱。半導体やレアアースなどの「重要物資」を国が指定し、国内生産を補助金で後押ししたり、機微な発明の特許出願について非公開にできるようにしたりするための方策も含まれる。
一方、他国との競争で生き残るため、日本独自の技術を育成・確保するのは「攻め」といえる。先端技術の研究開発に資金支援するほか、開発のための情報も提供する。
首相は政権発足に伴い、経済安保相のポストを新設し、自民党内の議論をリードしてきた若手の小林鷹之氏を抜擢(ばってき)した。11日には小林氏に法案づくりを加速させるよう指示。19日に初の関係閣僚会議を開き、その後、有識者会議を設置して論点を整理する。
法制化の動きに先駆けて、政権は半導体製造能力の強化にも乗り出している。半導体製造の世界最大手「台湾積体電路製造(TSMC)」が熊本県に建設する工場に対して、約4千億円の支援をするのは、その象徴的な事例だ。
半導体工場、世界で誘致合戦
スマホなどのあらゆる電子機器や自動車に使われる半導体は「産業のコメ」と呼ばれ、デジタル化で需要が伸びた結果、世界的に不足している。1980年代に5割程度を占めていた日本の半導体産業の世界シェアも現在は1割ほどに低下。多くを輸入に依存する。半導体工場は世界で誘致合戦となっており、法制化で競争力を高めたい考えだ。
ただ、法整備にはハードルもある。経済安保は近年広まっている新たな概念。自由経済のなかで、政府が、特定の物資を「重要」と位置づけて生産を後押しし、特許の内容も非公開とする試みは異例だ。複数の政府・与党関係者によると、内閣法制局が法律の必要性などを根拠づける「立法事実」を求めている状況だという。官邸幹部は「これまでの法律にはない考え方。丁寧に理解を求めていく必要がある」と話す。
「中国切り離し」に警戒感
さらに、中国との結びつきが強い経済界からは懸念の声も漏れる。経済安保は「中国とのデカップリング(切り離し)のツールにもなり得る」(政府関係者)からだ。
日本にとって米国は同盟国だが、中国は最大の貿易相手国でもある。日本の2020年の輸入総額は68兆108億円で、うち中国は17兆5077億円(25・7%)を占める。
経団連の十倉雅和会長は15日、萩生田光一経済産業相と会談したが、経済安保も議題になったという。十倉氏は会談後、報道陣に「非常に機微な技術が日本から漏れているのも事実で、政府は抑えないといけない」と理解を示しつつ、「民の経済活動を大きく制限するようなことになってはいけない」と、釘を刺すのを忘れなかった。(相原亮、小野太郎、伊藤弘毅)