首相経験者としてあまりにも軽率である。自らの言動が国際的にどのような影響を与えるのかを真剣に考えるべきだ。
小泉純一郎、菅直人ら元首相5氏が、欧州連合(EU)欧州委員会に宛てた脱原発を求めた書簡で、東京電力福島第1原発事故の影響について「多くの子供たちが甲状腺がんに苦しんでいる」と誤った記述をしていた。
専門家による国連委員会などの報告では、そうした影響は確認されていない。山口壮環境相が「いわれのない差別や偏見を助長することが懸念される」と5人に抗議文書を出したのは当然だ。
5人は小泉、菅のほか、細川護熙、鳩山由紀夫、村山富市の各氏だ。元政治指導者たちが脱原発という自らの政治的な主張を訴えるため、事実に基づかない、福島県の風評被害を広げるような誤った情報を発信した責任は重大だ。速やかな撤回・謝罪が必要だ。
脱炭素を進めるEU欧州委は、原発と天然ガスを環境負荷が小さい投資先として分類した。最終的には欧州議会で決定するが、原発と天然ガスに対する継続的な投資を促すことで、脱炭素と安定電源確保の両立を図る狙いがある。
これに対し5人は先月、欧州委に書簡を送り、投資分類から原発を除外するように求めた。そこで甲状腺がんに関して事実と異なる記述をしていた。正確な内容を知らなかったでは済まされない。
福島県の県民健康調査検討委員会や原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)などは、福島県の子供たちの甲状腺がんについて、放射線被曝(ひばく)との関連は認められないとしている。科学的な知見を無視し、子供への差別や偏見を招きかねない元首相たちの行動は看過できない。
福島県の内堀雅雄知事も遺憾の意を表明し、正しい情報発信に努めるよう文書で申し入れた。
特に小泉氏の政治信条を継ぐとされる息子の進次郎氏は、前環境相として復興を目指す福島県の風評被害の撲滅を誓ったはずだ。
菅氏は現職国会議員で、立憲民主党の最高顧問を務めている。進次郎氏や立憲民主の見解も問われよう。
問題の書簡で元首相たちは「この過ちを繰り返してほしくない」と脱原発を訴えた。だが、繰り返してはならないのは、誤解を招く自らの情報発信である。