ロシアが2014年にウクライナ南部クリミア半島を併合し、欧米との間に米ソ冷戦以降で最も緊張した対立を生み出した。ウクライナと同国東部の親ロシア派武装勢力による紛争もあり、この地域ではこう着状態が続いている。
昨年11月以降、米政府はロシアがウクライナ侵攻に向けた準備を進めている可能性があると、欧州の同盟国に警鐘を鳴らしてきた。ロシアはウクライナ国境付近に約13万人規模の部隊を集結させ、隣国ベラルーシではここ数年で最大規模の合同軍事演習を実施している。ロシアはウクライナに侵攻する意思はないと繰り返し否定。同国領内での部隊の動きは内政問題だと主張している。
1.情勢緊迫化の背景とは
米国はウクライナ国境付近にロシア軍部隊が集結していると欧州連合(EU)諸国に警告。クリミアとロシア国境、ベラルーシ経由の3方面からの侵攻に関するシナリオを示す情報を提供した。米国家安全保障会議(NSC)のホーン報道官によれば、バイデン大統領は今年1月、ウクライナのゼレンスキー大統領に対し、ロシアが2月にウクライナへ侵攻する可能性は十分あり得ると伝えた。
2.以前にも似たようなことがなかったか
あった。ロシアは昨年3-4月、ウクライナ軍と親ロシア派武装勢力との衝突中にクリミア駐留部隊を増強し、ウクライナ国境近くにこれを配置。バイデン大統領がプーチン氏と電話会談を行い、対面での会談を提案した後に緊張が和らいだ。このため、プーチン大統領がバイデン氏の関心を引くために危機を演出したのではないかとの観測もあった。
プーチン氏は昨年11月、米国とその同盟国がロシア側の「レッドライン(越えてはならない一線)」を真剣に受け止めていないと主張した上で、「長期的な安全保障上の保証」を求めた。また、ウクライナに殺傷兵器を供給しているとして北大西洋条約機構(NATO)を批判し、NATOが自身に対して圧力キャンペーンを展開していると語った。
3.これがなぜ引き続き問題なのか
15年の停戦合意は最も深刻な戦闘に終止符を打ったが、条件が全面的に守られたことは一度もない。14年に当時のヤヌコビッチ大統領が退陣を余儀なくされた際、デモ参加者らは旧ソ連時代の過去との決別を求めた。プーチン氏はロシア系住民を守る必要があるとして、クリミア編入とウクライナ東部の親ロシア派武装勢力への支援を正当化した。ウクライナ憲法にはEUとNATOへの加盟を目指すと明記されているが、こうした目標への反対を続けている。
4.米国の対応は
バイデン大統領が昨年12月にプーチン氏と開いたオンラインや電話での会談をきっかけに、積極的な外交が繰り広げられている。米ロ両国は緊張緩和の方法について書面での提案も交わした。米側はロシアが侵攻すれば経済制裁を強化すると警告。一方、ロシア側はNATOによるこれ以上の東方拡大やウクライナへの武器配備は越えてはならない一線だと訴えている。
国防総省によると、既にドイツに駐留する部隊から約1000人がルーマニアに派遣される一方、ポーランドを中心に米国から2000人規模の増派が行われた。さらに東欧のNATO加盟国に派遣できるよう、約8500人の部隊が準備態勢を整えている。バイデン大統領は米国やNATOの部隊のウクライナ派遣については否定している。
5.ドイツやフランスはどうか
ドイツのメルケル前首相は「ミンスク合意」として知られる停戦協定を巡る交渉に尽力した。後任のショルツ首相にとって、ウクライナ情勢の緊迫化は就任後初めての大きな国際的危機となる。ドイツはロシアとビジネス上の関係が深く、エネルギー調達でロシア産天然ガスへの依存も高い。
フランスのマクロン大統領は今月7日、モスクワでプーチン氏と5時間余りにわたり会談。マクロン氏は新たな安全保障と安定メカニズムを構築する必要があると指摘する一方、プーチン氏はロシア側の安全保障上の要求をあらためて強調し、協議を継続する理由もあると述べた。ロシア大統領府はプーチン氏が事態をエスカレートさせないことに同意したとのマクロン氏の説明を確認しなかった。
6.何が障害になっているのか
ゼレンスキー大統領は恒久平和をもたらすと約束しているものの、自身で現状を打開できる余地はほとんどない。ロシア大統領府は、約4100万人のウクライナ国民の大多数が支持する西側との統合という方向性への大転換に関して事実上の拒否権をロシア系住民が多く住む地域に与える自治拡大を望んでいる。だが、そのような権限を付与することは、景気押し上げや汚職撲滅に手間取るゼレンスキー大統領にとっては政治的に自殺行為となり得る。
Tensions between Ukraine and Russia rise over separatist-controlled areas
米国による警告が現実となり、ロシアがウクライナに侵攻すれば、欧州では第2次大戦以降で最悪の安全保障上の危機に発展し、ロシアによるクリミア併合やウクライナ東部での紛争でもたらされた危機とは比較にならない可能性がある。ロシアとグルジア(現ジョージア)間で起きた5日間にわたる戦争も2008年に同じように始まり、ロシアが反政府勢力の地域を事実上併合する結果に終わった。
8.欧米ができることとは
米英とEUはロシアが侵攻した場合の制裁パッケージをまとめつつある。この数年はロシアの個人や企業を対象とした数回に及ぶ制裁を科しており、同国のエネルギーや銀行セクターに打撃となっている。その影響は軽微だとロシア側は主張しているが、経済は低迷している。可能性がある措置としては、ロシアの富豪を標的にすることや国債を巡る一段の制約、金融機関によるドル使用制限、ロシア産天然ガスをドイツに送る海底パイプライン「ノルドストリーム2」の稼働阻止などが含まれる。
原題:Why Russia-Ukraine Tensions Are So Hard to Defuse: QuickTake(抜粋)