梅川崇、黄恂恂
- 「植えれば赤字」の業界構造、森林の若返り進まずCO2吸収量減少
- 成長が早い樹木活用でコスト削減、供給体制の強化と普及拡大が課題
従来種より成長速度が1.5倍、二酸化炭素(CO2)の吸収量も1.5倍。優れた樹木同士を掛け合わせて作られた「エリートツリー」が今、脱炭素の観点から注目を集めている。
温暖化対策にはCO2の排出量削減に加え、森林などの吸収源の確保も不可欠。林業が黒字になりにくい構造的な問題を抱える中で、いかに普及拡大を図れるかが課題となる。
隅田川のほとり、東京都北区にある日本製紙の研究開発本部。敷地内のビニールハウスで栽培されているのがエリートツリーの苗木だ。同社は1月、大手企業では初となるエリートツリーの苗木生産の本格化を発表し、今後は9万ヘクタールの社有林に順次植えていくとしている。
「森林資源は当社グループの事業基盤であり、CO2の吸収効率が高く『早く育つ木』はその強化に不可欠だ」と、同社・原材料本部長付部長の太刀川寛氏は話す。
エリートツリーは成長に優れた樹木同士を人工交配させ、その中からさらに優れたものとして選抜される。「えりすぐりの精鋭」と呼ばれる理由はここにあり、国策の一つとして政府も普及に注力している。
林業用苗木に占めるエリートツリーの比率は足元で5%にとどまるが、農林水産省は2021年5月に策定した「みどりの食料システム戦略」で、この比率を30年までに3割、50年までに9割以上に引き上げる目標を明記した。
日本製紙は、エリートツリーの種や苗木を増やす事業者として都道府県から認定された民間企業の一つだ。
品種改良プロジェクト
高品質な樹木を作るための品種改良プロジェクトの始まりは1954年にさかのぼる。戦後の木材需要の高まりを受け、成長が早く品質の高い木材を生産することが目的だった。約70年を経て、エリートツリーはようやく流通段階に入ってきたが、成長速度に比例してCO2吸収量も多くなることから、ここにきて脱炭素の観点からも注目を集め始めた。
温室効果ガスの排出と吸収を均衡させるカーボンニュートラルの実現には、排出量の削減と併せて、十分な吸収量を確保することが求められる。しかし、実は日本の森林による吸収量は減少傾向にあり、環境省の統計によると、20年度の吸収量はCO2換算で4050万トンで、現行基準のデータがある13年度に比べ約2割減っている。
吸収量は減少傾向に
2013年度から約2割減
背景にあるのが、森林の高齢化だ。一定程度の樹齢を超えると、樹木にはCO2を吸収しにくくなる性質があり「50年あたりで伐採して新しいものに植え替えるのが適切な森林活用」(日本製紙の中浜克彦・主任研究員)という。
日本の人工林は樹齢50年以上のものが約半数を占める。しかし、林業の収益性が厳しいことから、伐採して新しい苗木を植える取り組みは滞りがちで、森林の若返りが思うように進んでいない。
林業は伐採までの期間が長く、複数回にわたる下草刈りなどの作業に多額の経費がかかり、収益は圧迫されやすい。林野庁の試算では、1ヘクタールの敷地に換算すると、国からの補助金を入れても収支は34万円の赤字となる。
表裏一体の関係
植えれば赤字になる構造で、伐採後に新たな苗木が植えられるのは全体の約3割に過ぎない。
林野庁では、伐採や木材運搬の自動化機械の導入に加えて、早く育つエリートツリーの活用が広がればコスト削減にもつながり、将来的には黒字化が可能との見通しを示している。
林業が好循環の軌道に乗らなければエリートツリーの普及による脱炭素も進まず、両者は表裏一体の関係にあると言える。
同庁整備課の石井洋・造林間伐対策室長は「日本の豊かな森林を循環的に利用するには、伐採後に再造林をしっかり行うことが大事だ。成長に優れたエリートツリーは林業的なメリットだけではなく、世界的課題である脱炭素に貢献できるものと言える。今後はその苗木の供給体制を強化していきたい」と話している。