田巻一彦
[東京 2日 ロイター] – 日本の物価上昇は欧米に比べて低いと言われてきたが、ここにきて生活への圧迫度合いが急速に高まっている。10月の東京都区部消費者物価指数(CPI)の中で、生活実感に近いと言われている持ち家の帰属家賃を除くCPIは前年比4.3%に上昇。18日発表の10月全国CPIでも同程度の水準になる公算が大きくなった。 11月2日、日本の物価上昇は欧米に比べて低いと言われてきたが、ここにきて生活への圧迫度合いが急速に高まっている。写真は東京で2020年12月撮影(2022年 ロイター/Issei Kato)
このデータは実質賃金や実質消費を算出される際にも使用され、仮に年明け以降も高水準で推移すれば、来年の春闘で3%の賃上げが実現しても実質賃金はマイナスになる可能性も出てくる。物価高の主因が原材料高から円安にシフトするなか、物価上昇と円安に対してどのような政策対応をすべきかが政府・日銀の大きな課題となってきた。
<帰属家賃除くCPI、急上昇の意味>
10月東京都区部CPIは、コア(除く生鮮食品)が9月の前年比プラス2.8%から同3.4%に跳ね上がったことに市場の関心が集中したが、政策当局者は別の数字に驚いたようだ。それは、持ち家の帰属家賃を除くCPIが9月の同3.4%から同4.3%に急上昇したことだった。
このデータは、消費者の生活実感により近いと言われているだけでなく、消費や賃金の実質値を弾き出す際に使用されているデフレーターの機能も果たしている。東京都区部のCPIは全国CPIの先行指標と言われ、全国でもほぼ同じトレンドが表れることが多い。仮に10月の持ち家の帰属家賃を除くCPIがプラス4.3%になったら、10月の実質消費や実質賃金がマイナスになるのは、ほぼ確実だろう。
<旅行支援効果を減殺する物価高のマイナス>
4.3%という数字の衝撃が大きいのは、政府が企業サイドに求めている来年の賃上げ率3%が達成されたとしても、このままでは実質賃金がマイナスで推移してしまうからだ。
全国旅行支援などで政府が宿泊、交通、外食など観光関連の需要を喚起してその分野で前年比プラスを達成しても、日常生活の分野における物価高への対応で節約を推し進めれば、個人消費全体では伸びが大幅に圧縮されることも予想される。
政府・日銀にとって、持ち家の帰属家賃を除くCPIが前年比4%台で上昇するのは「由々しき事態」と言ってもいいだろう。
<物価上昇率の圧縮阻む円安の進展>
ただ、日銀は展望リポートで2022年度のコアCPI上昇率を前年比2.9%とする一方、23年度は同1.6%とした。原油を含む国際商品価格がピークアウトしている現状を踏まえ、来年度は前年比マイナスの効果が働くとみているからだ。
民間エコノミストの中にも、この見解に同意する見方が多く、23年度は物価上昇率が鈍化するとの予想が多い。
だが、この見方は円安によって輸入物価が大幅に上昇し、その価格転嫁に企業が苦しんでいる状況を軽視しているようにみえる。
9月の輸入物価は円ベースが前年比プラス48.0%、契約通貨ベースが同21.0%だった。その差の27.0%ポイント分が円安による押し上げ分と言える。
鈴木俊一財務相も1日の参院財政金融委員会で、物価高騰に占める円安の影響が春先は3分の1だったが足元では半分まで増えていると指摘。「今の場においては、急激な円安進行は望ましくない」と述べている。
日銀も展望リポートでも、物価の上振れリスクに言及し「今後の原材料コストの上昇圧力や企業の予想物価上昇率の動向次第では、価格転嫁が想定以上に加速し、物価が上振れる可能性がある」と分析。物価上昇圧力の高まりへの警戒感も示している。
<来年2、3月に値上げラッシュか>
また、国内主要飲食品メーカー105社の価格動向を定点観測している帝国データバンクは、年明け2─3月に値上げピークの波が再びやってくると予測。その理由として「円安の進展」を挙げている。
帝国データは、来年はすでに2000品目の値上げが確定していると指摘。足元における140円後半から150円というドル/円の水準が23年に定着すると、130─140円を前提に採算を考えている企業が多いため、さらなる値上げの波が起きる可能性も否定できないとみている。
さらに円安は、消費者のマインドや企業の採算に直結する電気料金の一段の押し上げに波及する。東京電力と沖縄電力は1日、電気料金の値上げを検討していると表明し、東北、北陸、中国、四国の4電力も値上げ申請する方針をすでに示している。
政府の電気・ガス料金の支援策は来年1月から実施されるため、CPIはいったんその分が下がるものの、値上げが実施されると政府支援の効果が一定程度減殺されることになる。政府の支援策は9月までとなっているため、支援策がなくなると物価が跳ね上がる事態も想定される。
3%の賃上げが実現しても、実質賃金がマイナスに転落する可能性は残されていると筆者は予想する。
<リパトリ減税、賃上げと円安対策に一石二鳥>
円安進展から始まる物価上昇の加速と実質賃金のマイナス転落という負のインパクトを軽減するには、何が必要か──。
円安進展と表裏一体のドル高を止めることは、日本の政策当局にはできない。かろうじてできることは、フェデラル・ファンド金利のターミナルレート(利上げ局面における最も高い金利水準)がどこになり、いつ形成されるかを予見することぐらいだろう。
一方、物価上昇率を上回る賃上げを企業に実施させるように、政府が誘導する手立てはゼロではない。例えば、企業が海外で保有する内部留保は2021年3月末で37.5兆円ある
が、これを国内に還流させる際にかかる税率を大幅に引き下げるかゼロにして、賃上げ原資に充てることを容易にするという政策対応がある。
いわゆる「リパトリエーション減税」と言われる政策ツールだが、外貨で保有して円に換えるため、政府・日銀の介入を実施しなくても、需給を円高方向にシフトさせる効果もある。リパトリ減税を実施するというアナウンスメント効果だけで、少なくとも150円を突破するような円安の流れを止める効果は期待できそうだ。
総合経済対策には入らなかったが、23年度税制改正の中に盛り込むよう政府・与党は早急に検討を始めるべきだ。
さらに製造業の生産拠点を国内に還流させるための優遇策も、来年度予算案の編成時に検討するべきだ。従来型の「ばんそうこう政策」の結果が今の円安にもつながっており、岸田文雄首相のリーダーシップで思い切った政策を打ち出してほしい。
最近の世論調査で、岸田内閣を支持しない理由に「首相に指導力がない」が急浮上している。大胆な政策を打つべき時が来たのではないか。