[東京 24日 ロイター] – 日銀総裁候補の植田和男元日銀審議委員は24日、衆院議院運営委員会で、黒田東彦総裁の下で行ってきたイールドカーブ・コントロール(YCC)について「基調的な物価見通しが一段と改善していく姿になっていけば、正常化方向での見直しを考えざるを得ない」と述べ、将来的な見直しに言及した。ただ、現在はさまざまな副作用が生じているものの「2%目標の実現にとって必要かつ実質的な手法だ」と述べた。 日銀総裁候補の植田和男元日銀審議委員は2月24日、衆院議院運営委員会で、現在の金融政策の下でさまざまな副作用が生じているものの「2%目標の実現にとって必要かつ実質的な手法だ」と述べた(2023年 ロイター/Issei Kato)
植田氏は、基調的な物価見通しが改善していかなければ「市場機能の低下を抑制することに配慮しつつ、措置をどうやって継続するか考えていかなければいけない」とも話した。
<YCCの是非、就任後に議論>
植田氏は、日銀が実施してきた金融緩和の成果をしっかり継承し、物価安定達成へ総仕上げの5年間にしたいと強調した。同時に「自身に課せられているのは魔法のような特別な緩和政策ではない」とも述べた。
YCCについて「将来はさまざまな可能性が考えられる」と発言。不測の影響を招くリスクがあるとして具体的な言及は避けたものの、就任後に「金融市場局や政策委員と時間をかけて議論を重ね、望ましい姿を決めていきたい」と述べた。
基調的な物価が2%に近付く際、「変動幅拡大も含めて具体的オプションの言及は控える」、「正常化の進め方は、どれを先にやるかは今後の経済状況次第」などと語った。
企業が資金調達する場合、返済期限は3―5年が多い。YCCの誘導対象を10年国債から短期化することについて、植田氏は「10年金利コントロールでも、イールドカーブがきれいな形なら3―5年の金利は低位に維持される」と説明した。
<ETFの扱いは課題>
日銀の上場投資信託(ETF)買い入れについて、コロナ禍の2020年春の株価急落時には「リスクプレミアム縮小に効果があった」とする一方、「ETFの取り扱いは課題」と指摘した。同時に「出口でETF取り扱いを検討するまでまだ時間がある」との認識を示した。
<政策の検証、就任後に審議委員と必要性議論>
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植田氏は、日本経済はコロナ禍の落ち込みから持ち直しているが「内外経済や金融市場を巡る不確実性はきわめて大きい」と指摘した。
足元の物価動向については「基調的な物価上昇率の良い動きが出ており、その芽を大事に育てていく」と述べた。金融政策は「少し先の物価上昇率と基調的な物価上昇率に基づく政策が重要」とする一方、「基調的な物価を把握する理想的な指標はなく、さまざまな指標を丁寧にみて物価・賃金の基調を判断する」と方針を示した。
消費者物価指数が足元4%台まで上昇していることについては、消費者に対するマイナスは強く認識していると述べた。
金融政策はコストプッシュ要因による物価高には直ちには対応せず、「基調的な物価の動向に反応するのが標準的な対応だ」と説明。基調的な物価上昇率は、需給ギャップの改善や予想物価上昇率の上昇で緩やかに上昇しているものの「2%目標の持続的・安定的な達成までにはなお時間を要する」とし、現在の金融政策は適切だと語った。
黒田総裁の下で行ってきた金融政策の検証については「他の政策委員と相談の上、必要に応じて検証を行っていきたい」とした。
量的緩和の効果として、金利がゼロ近傍でそれ以上下がらない状況では「単純に『量』を増やしただけでは、財・サービスへの需要は増えにくく、貨幣的要因の力が全体として発揮されない」との認識を示した。
マクロ統計とミクロの肌感覚の違いをどう把握するかと問われ「経済の現状を的確に把握するためマクロ統計の詳細だけでなく中小企業の視察など行う」と述べた。
<政府との共同声明、文言修正には消極的>
総裁に就任すれば、政府と密接に連携しながら経済界の取り組みや政府の諸施策と相まって「構造的に賃金が上がる状況を作り上げる」と表明。一時的でなく、持続的・安定的な物価上昇を実現したいと述べた。金融システム面でも適切な政策を実施していくとも話した。
総裁就任後の心構えを問われ「組織のトップとして目標をはっきりさせ、目標に向かって自ら率先して努力する」と強調した。
政府との関係を巡っては「中銀の独立性が必要」としつつ、「マクロ政策運営は政府と中銀の意思疎通が重要」との認識を示した。
岸田文雄首相は、新総裁と政府・日銀の共同声明を見直すべきか議論する見通し。2013年の共同声明は「できるだけ早期の2%目標達成」を明記しているが、植田氏は「基調的な物価で望ましい動きが出ており、現在の物価目標の表現を当面変える必要ない」と述べた。「実質賃金の上昇は望ましいが、目標として設定するのはいかがなものか」とも話した。
一方、共同声明は日本経済の改善や持続的な物価の下落という意味でのデフレではなくなる状況を実現するなど「着実に成果を挙げてきた」と指摘し、「共同声明の文言を直ちに変える必要はない」との認識を示した。
日銀の政策目標に賃金も加えるべきとの意見に対しては、「物価の安定が実現されれば賃金も相応に上昇し、おおむね完全雇用も達成される」と述べた。
物価目標達成の時期は「通常、金融政策の効果は2年程度で発現するが、日本経済が過去10─20年置かれた状況では当てはまらない」として、「何年後に目標が達せられるか、現状なかなか確信もって答えることできない」と述べた。
さらに「物価目標が達成されたときの名目賃金上昇率を言えない」、「賃金上昇率は生産性上昇率に影響を受けるため、時々の経済情勢で動く」などと語った。
日銀は政府の子会社との安倍晋三元首相発言へのコメントは控えた。同時に、日銀に対する政府出資には議決権がなく、「自主性が確保されている意味では政府の子会社でないと考える」と明言した。
<政策決定、サプライズ不可避だが「平時から丁寧に説明」>
植田氏は金融政策について「広く国民に分かりやすい説明を心がけたい」とし、「市場とのコミュニケーションは大事」と指摘した。「海外中銀との連携の重要性は高まっている」とし、国際学会などで培った「人脈や知見を生かし海外中銀と連携、市場と適切にコミュニケーションする」と抱負を語った。
デフレ脱却を目指し、黒田総裁は市場にサプライズとなる政策決定を連発したが、昨年12月の長期金利の変動幅拡大は市場への情報発信のあり方が市場関係者などから批判を浴びた。植田氏は「時と場合によってはサプライズ的になることも避けられない」と述べた。ただ、考え方を平時から丁寧に説明しておくことで市場へのショックは最小限に食い止められるとの認識を示した。
副総裁候補である氷見野良三前金融庁長官と内田真一日銀理事について「非常に心強い副総裁候補」と評価した。
長年の低金利による地域金融機関への影響に関し、「自身が持つ情報では、地域金融機関は十分な自己資本を有している」と指摘、「地域金融機関の状況を注意深く見守っていきたい」と強調した。
為替相場についてはコメントを差し控えるとした。為替変動の経済の影響は、円安がインバウンド需要増でサービス業にはメリットがあるが、原材料輸入の多い企業や家計にはマイナスになるなど「きわめて不均一だ」とし、注意深く見守っていくと話した。
(和田崇彦、竹本能文 編集:宮崎亜巳、田中志保)