[1日 ロイター] – クリス・カシュタノバ氏(37)は昨年、最新の人工知能(AI)プログラムに、コミック作品を生成するよう指示を入力した。それが、大きな利益の行方を左右する論争のスタートだった。いったい、作者は人間なのか、アルゴリズムなのか。
カシュタノバ氏は、「チャットGPT」に似たAIプログラム「ミッドジャーニー」に、「ゼンデイヤがセントラルパークの門を出るところ」と入力した。「ミッドジャーニー」は、文章によるプロンプトから魅力的なイラストを生成してくれるAIである。「SFの場面、ゴーストタウンと化した未来のニューヨーク・・・」
この後、数百件のプロンプトを入力することで、『夜明けのザリヤ』が誕生した。数百年先の未来、女優のゼンデイヤに似たキャラクターが荒廃したマンハッタンをさまよう18ページの物語だ。カシュタノバ氏は昨年9月に著作権を取得し、ソーシャルメディア上で、アーティストは自らのAI創作プロジェクトに対する法的保護を受ける権利がある、と宣言した。
だが、その状況は長くは続かなかった。米著作権局は2月、突然その見解を翻し、カシュタノバ氏は米国において、AI作品に対する法的保護を剥奪された最初の人物となった。「ザリヤ」のイメージは「人間の作者による産物ではない」というのが著作権局の主張だ。著作権局は、設定や物語に対する著作権はカシュタノバ氏にあると認めている。
現在カシュタノバ氏は、強力な弁護団の助けを借りて、再び著作権法の限界に挑もうとしている。新作では、「ステーブル・ディフュージョン」という別のAIプログラムを試している。自分のデッサンをスキャンして取り込み、このプログラムにテキストによる指示を与えれば、画像を完成させることができる。カシュタノバ氏は、下描きがオリジナルならば、著作権局を納得させるだけの「人間的」な要素は十分だろうと考えている。
「これで著作権が取れなかったら、とても変な話だ」とカシュタノバ氏。最新作は自伝的なコミックだ。
著作権局の広報官はコメントを控えた。「ミッドジャーニー」も同様で、「スタビリティーAI」からはコメント要請への反応がなかった。
<利用者は激増>
「チャットGPT」や「ミッドジャーニー」、「ステーブル・ディフュージョン」など新たなAIプログラムの利用者数が驚異的に増加し、人間による表現に大きな変化をもたらそうとしている一方で、生成物の著作権者が誰なのか、司法の判断はまだ定まっていない。利用者なのかプログラムの所有者なのか、ひょっとしたら著作権者など存在しないのか。
法律の専門家によれば、その答え次第では数十億ドルの金額が動くという。
クリエイターに作品共有のためのライセンスを発行している米国の団体クリエイティブ・コモンズの元代表、ライアン・マークリー氏は、新たなAIシステムの利用者や所有者が著作権を得られるのなら、膨大な利益を手中にできることになる、と語る。
たとえば、企業はAIを使って広告やブランド構築、エンターテインメント向けの画像や楽曲、動画やテキストを低コストで大量生産し、その権利を取得できるようになる。マークリー氏は、「コンピューター生成作品に著作権を与えることを認めるよう、著作権管理団体には非常に大きなプレッシャーがかかるようになる」と言う。
米国を初めとする多くの国では、創造的な表現の作者は、通常ただちにその作品に対する法的権利を得ることになる。著作権登録を行えばその作品の公的な記録が作成され、著作権者は自らの権利を執行するために裁判所に訴えることが可能になる。
米連邦最高裁判所を筆頭に、司法の場では長年にわたり、作者は人間でなければならないと判断してきた。米著作権局は、「ザリヤ」のイメージに対する法的保護を否定する根拠として、「ナルト」という名の好奇心旺盛なサルが自撮りした画像、また著作権申請者が「聖霊」によって作曲されたと主張する歌曲に対する法的保護を否定した判例を挙げた。
ミズーリ州のコンピューター科学者スティーブン・セイラー氏は、自身の開発したAIプログラムには意識があり、プログラムが生成した作品や発明の創作者として法的に認められるべきだと主張している。同氏は米著作権局を訴え、米連邦最高裁に申し立てを行ったほか、英最高裁では特許関連訴訟も起こしている。
一方、創作コンテンツを所有する多くのアーティストや企業は、AIの所有者や利用者に著作権を与えることに猛反対している。新たなアルゴリズムはウェブサイトで公開されている膨大な量の素材を使って自己学習を行っているが、そうした素材の一部には著作権があり、したがってAIシステムは法的に保護された素材を無許可で乱用している、というのが彼らの主張だ。
写真素材を提供しているゲッティ・イメージズ、ビジュアルアーティストとプログラムコード権利者の団体は、それぞれ別個に、「ミッドジャーニー」「スタビリティーAI」および「チャットGPT」の開発元オープンAIを著作権侵害で訴えているが、AI開発各社は侵害を否定している。ゲッティ・イメージズとオープンAIはコメントを控えた。
訴訟に参加しているアーティストの1人サラ・アンダーセン氏は、AI生成作品に著作権を与えることは「窃盗の合法化だ」と語る。
<「難しい問題」>
カシュタノバ氏の弁護を無報酬で引き受けたのは、モリソン・フォースター法律事務所と著作権専門のベテラン弁護士、ジョー・グラッツ氏だ。同氏は、プログラムコードの著作権者らがオープンAIを相手取って起こした集団訴訟でも同社の代理人を務めている。モリソン・フォースターがカシュタノバ氏の訴訟を受任したのは、「ザリヤ」の著作権が取り消された後で、同氏が新たな著作権登録に向けた法律上の支援を求める内容を「リンクトイン」に投稿したことに、同法律事務所のアソシエイト、ヘザー・ウィットニー氏が気づいたのがきっかけだった。
グラッツ弁護士は、「これは誰にとっても大きな影響を伴う難しい問題だ」と語る。
著作権局は、カシュタノバ氏の「ザリヤ」に関する決定を見直したのは、同氏が「ザリヤ」のイメージはAIを使って作成したと「インスタグラム」に投稿したことが判明したからだと説明した。当初、昨年9月に著作権登録が行われた時には、その事実は明確ではなかったという。同局は3月16日、申請者向けに、AIの助けを借りて創作された著作物については、その事実を明示するよう求める公式指針を示した。
この指針では、最も人気のあるAIシステムは著作権登録可能な作品を生成しない可能性が高いとし、「人間がどれくらい創作上の主導権を握っていたが重要だ」としている。
<「完全に魅了された」>
自らのジェンダーを「ノンバイナリー」であるとして、人称代名詞に性別を問わない「they/them」を使うカシュタノバ氏は、昨年8月に「ミッドジャーニー」に出会った。コロナ禍により、ヨガ施設やエクストリームスポーツのイベントにおける写真撮影の仕事はほぼ失われてしまっていた。
「完全に魅了された」とカシュタノバ氏は言う。AIテクノロジーが驚くべきペースで発展する今、カシュタノバ氏の関心は新たなツールに向かった。AIを使えば、オリジナル作品を入力し、さらに細かい指示を与えることで生成作品をコントロールできる。
カシュタノバ氏は、自伝的な新作コミックから、それぞれ違うAIプログラム、設定、手法によって生成された別々のイメージを選び、次々に著作権登録申請を行おうと計画している。どれくらい人間の関与があれば著作権局を納得させられるか試そうという狙いだ。
現在、AIを使って子どもの絵からコミック作品を生成するスタートアップ企業に勤務するカシュタノバ氏は、数週間前に「ローズ・エニグマ」と題する最初のイメージを生み出したところだ。
マンハッタンにある寝室1つのアパートでコンピューターに向かうカシュタノバ氏は、最新のテクニックを披露してくれた。画面に既にスキャンして「ステーブル・ディフュージョン」に登録してあったペン描きの簡単なスケッチを呼び出し、設定を調整し、「サイボーグの若い女性」「頭から花が咲いている」といったテキスト・プロンプトを使って画像を仕上げていく。
結果として生成されたのは、女性の顔の上半分が茎の長いバラに置き換わっているという奇想天外な画像だった。カシュタノバ氏は、この画像について3月21日に著作権保護を申請した。
この画像はカシュタノバ氏の新著にも登場する予定だ。本のタイトルは『私のAI社会のために』である。
(Tom Hals記者、Blake Brittain記者、翻訳:エァクレーレン)