[東京 31日 ロイター] – 日銀の金融政策の企画・立案を担う企画局長に正木一博氏が就任した人事を巡り、金融市場では「エースの本流復帰」との声が出ている。日本経済を取り巻く不確実性が後退し、2%物価目標の達成が近づいた場合、金融正常化の絵をどう描くのか。霞が関とのパイプも太い正木氏には、政府や政界との調整も委ねられることになりそうだ。 7月31日、 日銀の金融政策の企画・立案を担う企画局長に正木一博氏が就任した人事を巡り、金融市場では「エースの本流復帰」との声が出ている。都内の日銀本店で1月撮影(2023年 ロイター/Issei Kato)

<企画局長人事、年次が1年さかのぼる>

正木氏はかねてから将来の金融政策運営を担う人材だと見られてきた。黒田前総裁の下で、金融政策の枠組み作りに深く関与してきたからだ。正木氏は2013年6月に企画局・政策企画課長に就任。マイナス金利政策やイールドカーブ・コントロール(YCC)の導入に関わった。当時の企画局長は現在の内田真一副総裁だ。

正木氏は1991年に東京大学法学部を卒業して日銀に入った。入行年次が1年遅い中村康治氏が昨年5月に企画局長に抜擢され、人事の慣例からすれば正木氏の企画局長就任は消えたかに見えたが、ある日銀OBは当時「正木氏が企画局長に就任する可能性は消えていないのではないか」と指摘。黒田氏が10年にわたって総裁を務めたり、植田和男総裁が70代で総裁に就任したりしていることを引き合いに「経済・物価情勢の先行きは不透明。入行年次を1年さかのぼって次の企画局長が出ても、全く不思議ではない」と話していた。

<金融正常化の難路>

大和証券の岩下真理チーフマーケットエコノミストは、正木氏の企画局長就任について「金融正常化へのいばらの道を託されたエースの復帰」と評した。

日銀は28日にYCCの運用を柔軟化。10年金利の上限について、0.5%を「目途」としつつ、連続指し値オペの実施利回りを0.5%から1%に一気に引き上げ、事実上1%への上昇を容認した。

「岸田内閣の支持率が低下し、政権運営にほころびが出る中、政治の世界の関心が金融政策に向いていないタイミング」(別の日銀OB)でのYCCの運用見直しとなったが、今後、利上げに進むとすれば各方面に影響が及ぶ「難事業」になる。

中小企業の経営、家計の住宅ローンだけではない。銀行ビジネスにとって、貸出金利の引き上げが可能になるとしても、利上げ直後の影響は保有国債の含み損拡大だ。財政との関連では、利上げすれば国債の利払い負担は増える。

総務省の家計調査を巡るさまざまな問題点を踏まえて「消費活動指数」を提唱し、軌道に乗せるなど、優秀なエコノミストとして知られた中村前局長に対して、正木局長は金融機構局長として金融庁幹部などと太いパイプを築いたことで知られる。

今年3月、欧米の金融不安が浮上した際には金融庁幹部との強い連携で日本の金融システムに異常がないか注視を続けた。正木氏は財務省の茶谷栄治事務次官のいとこでもある。

日銀は28日に公表した「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」で、2023年度の消費者物価指数(生鮮食品除く、コアCPI)の見通しを前年度比プラス2.5%とし、前回(同プラス1.8%)から大幅に引き上げる一方、24年度の見通しは同プラス1.9%と前回(同プラス2.0%)から小幅に引き下げた。25年度はプラス1.6%で据え置いた。

植田総裁は会見で、今後下がっていったインフレ率が底を打ち、再び上がってくる動きになるか「なかなか自信がない面もある」と指摘。「基調的な物価上昇率が2%に届くというところにはまだ距離があるという判断は変えていない」とした。

その一方で、24年度や25年度の見通しが「上方修正されるか、あるいは、あまり大きな姿に変化がなくても、われわれの自信というか確度が上がった場合には政策の修正に行けるかなと思っている」と語った。

海外経済の減速が小幅にとどまり、賃金の持続的上昇への確信が深まるなど、日銀が掲げる不確実性が大きく後退した場合、どのタイミングで金融正常化に踏み込むのか。具体的な政策展開のみならず、正木氏には政界や霞が関との調整という難題も待ち構えている。

(和田崇彦 編集:橋本浩)