アルゼンチンでは経済学者のミレイ氏が大統領に就任し、通貨の中国・人民元依存をやめ、米ドル化を打ち出した。米中通貨代理戦争が始まったかのようだが、真相はどうか。
アルゼンチンは高インフレと通貨安に苦しんできた。10月、消費者物価は前年比2.4倍、通貨ペソはドルに対して55%安、1ドル349ペソだ。2001年1月に1ドル=1ペソとする固定相場制を採用したが、1年で破綻した。以来、通貨不安と高インフレに悩まされ続けている。そこにつけ込んだのが中国だ。
フェルナンデス前政権は今年4月、最大の輸入先の中国との間で人民元決済、さらに通貨スワップの拡大で合意した。アルゼンチンは大幅な対中貿易赤字を抱えている。対中輸入を人民元で支払い、足りない部分はペソと交換した人民元で支払うことが可能になり、アルゼンチンはドル不足から来る重圧を大幅に緩和しようとした。
中国の習近平共産党総書記・国家主席は昨年2月勃発のウクライナ戦争以降、グローバルサウス(インドやインドネシアなどの新興国に加え、南アフリカ、南米といった南半球に多い新興国・途上国の総称)を人民元経済圏に取り込もうと策略を凝らしてきた。アルゼンチンの政権交代で目算が外れたことになる。
中国の対外決済人民元化はどこまで進んだのか。中国の商業銀行が顧客の委託で行う通貨別の決済データをもとに、純ベースでのドルの受け取りと人民元の支払額を算出したのが本グラフである。ロシアのウクライナ侵略以降、貿易や金融面での人民元払いが急増するのと対照的に、ドルの受け取りが急減している。大きな理由は、米国などからの制裁でドルを使えなくなったロシアが中国向け石油輸出など代金決済の多くを人民元建てに切り替えたためだ。さらに、前述のアルゼンチン向けなど、中国が多くの新興国や中東産油国などにドル決済を人民元決済に切り替えるよう働き掛けてきた成果でもある。
このトレンドが続けば、人民元払いがドル受け取りをしのぎそうだが、容易ではない。中国の貿易相手国がアルゼンチンのように対中赤字の場合、対中輸出や中国との通貨スワップで確保できる人民元を使えば、ドル依存を軽くできる。ドルを武器に政治的圧力をかける米国に反発する国はそこに着目する。それでも、アルゼンチン新政権誕生が示すように自由主義を尊重し、強圧的な共産主義を警戒する勢力は健在だ。
では、中国自身はどうか。習政権は「脱ドル」を狙うが、実のところはドル不足に悩まされ、財政、金融で思い切った拡大策がとれない。不動産バブル崩壊を受けて、外資が中国市場から引き揚げているし、富裕層も資産を海外に逃避させているからだ。そんな中で、相手国がドル払いを止めると、その分ドル不足が激しくなる。ミレイユ政権が人民元依存を止めドル払いに回帰してくれることを、習政権は内心では歓迎しているかもしれない。(産経新聞特別記者 田村秀男)