占部絵美、横山恵利香
- 債務返済コストの増加につながる金利の上昇、政府にとって頭痛の種
- 地方銀行は戦略次第で収益に差が出やすい-日本総研の大嶋氏
異次元の金融緩和が10年余り続いた日本で「金利のある世界」へのカウントダウンが始まった。日本銀行の金融政策正常化を市場が織り込む中、金利の上昇に伴い金融市場や家計、企業活動に起こり得る変化に注目が集まる。
市場では3月か4月の金融政策決定会合でマイナス金利が解除されるとの見方が強い。緩和的環境は当面維持される見通しだが、2007年以来の利上げは円安も一因に原材料コストが増した企業や利ざや縮小に苦しむ金融機関の収益改善を促すとみられる。一方、膨大な債務を抱える政府や変動金利型住宅ローンの利用者には逆風だ。
日本経済や金融・資本市場で想定される影響や動きをまとめた。
債務返済増
政府は日銀による早期の政策正常化をほぼ容認しているように見えるが、この決定で最も大きな打撃を受ける中に含まれるであろう。経済規模の2倍を超える先進国諸国で最大の公的債務を抱える日本にとって、債務返済コストの増加につながる金利の上昇は頭痛の種だ。
足元の長期金利上昇を反映し、財務省は24年度予算案で10年国債の利払い費の前提となる積算金利が1.9%と前年の1.1%から引き上げた。国債の利払いや償還に充てる国債費は約27兆円と予算全体の約4分の1を占めるとみられる。短期金利が上昇すれば、イールドカーブ全体の利回りにさらなる上昇圧力がかかるだろう。
3月マイナス金利解除の公算、秋までに再利上げも-MUFG常務
マイナス金利の解除は同政策と同時に導入し、日銀当座預金残高をプラス0.1%、ゼロ%、マイナス0.1%の付利で分けた3層構造の見直しにつながる。現在の当座預金残高は512兆円。利上げで付利金利を上げれば保有国債の利息収入を上回る「逆ざや」が生じ、日銀が債務超過になる恐れがある。日銀の国庫納付金が減る可能性もある。
銀行は収益改善期待
全国地方銀行協会の五島久会長(福岡銀行頭取)は昨年12月、物価や賃金の動向を踏まえると、「金融政策の正常化のチャンスが今、来ている」と語っていた。特に低金利下で収益力が落ちた地方銀行にとってマイナス金利解除は好機となり得る。
日本総研の大嶋秀雄主任研究員は、解除後も「低金利戦略を取る銀行、顧客との関係維持のため調達金利の上昇を貸出金利に転嫁できない銀行もあるだろう」とし、戦略次第で収益に差が出やすいとの見方を示す。ただ、地銀全体では5、6年かけて総額1000億円程度のプラス寄与になる可能性があると試算した。
地銀がマイナス金利解除を要望、日銀がレビューで意見聴取-関係者
日銀の氷見野良三副総裁は昨年12月、金利の上昇局面では金融機関保有の長期の債券などに含み損が出ることも懸念されるが、入れ替えで「運用利回りを高める道も開ける」と指摘。出口局面では経済改善に伴い貸し出し需要も増え、利ざやが取りやすくなれば、低金利下に比べて経営はずっと成り立ちやすくなるとの見方を示した。
住宅ローン負担増
住宅金融支援機構によると、今年度上期の住宅ローン契約者のうち7割超は変動金利型を選んだ。長期金利に連動する固定型の金利はイールドカーブコントロール(長短金利操作、YCC)の運用柔軟化を機に既に上がり始めたが、政策正常化に伴い現在0.3%程度の変動型も上昇が見込まれる。返済額の増加は、住宅の価格高騰と相まって消費者の購入意欲をそぎ、国内の不動産市況や景気を冷やす要因となる。
第一生命経済研究所の永浜利広首席エコノミストは、マイナス金利解除でも、金融機関が決める住宅ローンの変動金利に影響する短期プライムレート(最優遇貸出金利)が上がらなければ影響は限定的だが、そこが上がれば「影響は無視できず、不動産市況の減速につながる」と語った。変動型の利用者の家計が圧迫され、結果として消費抑制につながるとの指摘もある。
資産への影響
海外資産へ投資する日本マネーは約4兆ドル規模。先行きの金利上昇懸念を理由に海外投資が鈍化することはあり得る。日本の投資家は米国以外で最大の米国債保有者で、オーストラリアとオランダの国債を約10%保有している。金利と利回りの上昇は生命保険会社にとって好材料だが、日本債券へのエクスポージャーが大きい金融機関には好ましくない。
ニッセイ基礎研究所の井出真吾チーフ株式ストラテジストは、マイナス金利解除で日本株が失速する可能性は低いが、利上げはマイナスと指摘。「政策金利が0.25-0.5%に上がっていけばサプライズになり、市場は動揺する」とし、債券との利回り比較で株式の魅力が薄れる可能性もあるという。一方で、投資資金が日本株に向かう可能性はあるものの、円高が株価の下押し圧力になりかねない。
輸出企業の恩恵縮小も
ドルに対し1円の円安で営業利益が450億円押し上げられるトヨタ自動車をはじめ、ソフトバンクグループや東京エレクトロンなど世界で事業展開する大企業は数十年ぶりの円安の恩恵を受けている。金利が上昇して円高に振れれば、こうした恩恵は縮小する。
円安の流れに変化が生じれば、輸入コストの上昇で負担が増していた輸入企業や鉄鋼などのエネルギー集約型産業に恩恵が及ぶだろう。燃料や食品など輸入品の価格が下がり、インフレ圧力の低下につながる可能性もあり、家計への負担も和らぐ可能性がある。
第一生命経済研究所の藤代宏一主席エコノミストは、「為替相場への影響は米連邦準備制度(FED)が圧倒的に大きい」ため、日銀の政策だけでは円の押し上げ効果は限定的とみている。日米の政策修正が想定通り進んだ場合で、年内の円の高値は1ドル=138円程度と予想する。
ゾンビ企業に退出圧力
異次元緩和が終われば、低金利下で恩恵を受けてきた不採算企業の倒産が増える可能性が高い。帝国データバンクによれば、「ゾンビ企業」は22年度に25万1000社と国内全企業の17.1%を占めた。非効率な企業の退出は、長期的に日本経済全体の成長力強化につながり得る。
第一生命経研の永浜氏は、利上げによる負の影響は、規模別では中小企業、産業別では有利子負債のウエートが高い不動産や電力、運輸などのインフラ関連が「相対的に大きい」と分析。その上で、「円高の影響を受けやすい輸出関連産業にマイナスの影響が出ることは間違いない。むしろ金利が上がってプラスになるのは金融機関くらいだ」との見方を示した。