伊藤純夫

  • 経済・物価見通し巡るリスクが変化すれば、当然金利を動かす理由に
  • 急速・一方的な円安、不確実性高め日本経済にマイナスで望ましくない

日本銀行の植田和男総裁は8日、物価見通しの上振れリスクが大きくなった場合、利上げのタイミングの前倒しを検討する考えを示した。都内で講演した。

  植田総裁は「経済・物価見通しやそれを巡るリスクが変化すれば、当然、金利を動かす理由となる」と指摘。その上で、「物価見通しが上振れたり、あるいは上振れリスクが大きくなった場合には、金利をより早めに調整していくことが適当になると考えられる」と語った。

  一方、見通しが下振れたり、下振れリスクが高まった場合には、「現在の緩和的な環境をより長く維持していくことが求められる」との見方も示した。また、経済・物価に対する大きな下方ショックが生じるような場合には、「必要があれば、これまで用いてきたさまざまな非伝統的な手段も含め、あらゆる手段をあらかじめ排除することなく、対応を考えていく」と述べた。

  総裁は3月の金融政策決定会合での利上げ後も、実質金利が大幅なマイナスになっていることを背景に、足元の金融環境が「緩和的であることは確か」としつつ、基調的な物価上昇率が高まれば、適切となる金融緩和の程度も変化すると指摘。円安進行による物価上昇圧力の強まりなども踏まえ、物価の上振れリスクを一段と意識している可能性がありそうだ。

  ニッセイ基礎研究所の上野剛志上席エコノミストは「4月会合後の記者会見の総裁発言があまりにも円安けん制色が弱過ぎた。さらなる円安を招いた面は否めない」と指摘。「発言の軌道修正を図っている。円安けん制が強まっている」とし、政治的なプレッシャーがかかっている可能性もあるとした。「日銀が利上げの準備をしていると示唆しているわけではない」とも述べた。

物価を巡るリスク

  日銀は4月に公表した経済・物価情勢の展望(展望リポート)で、消費者物価(生鮮食品を除くコアCPI)の上昇率見通しについて、2024年度を2.8%、25年度を1.9%にそれぞれ上方修正し、新たに示した26年度は1.9%とした。物価の基調に関しては、見通し期間後半に「物価安定の目標」とおおむね整合的な水準で推移するとの見方を示した。

  総裁は物価の先行きを巡るリスクの一つに、為替変動や国際商品市況の動向と輸入物価や国内価格への波及を挙げた。原油高や円安は、輸入物価上昇に伴うコストプッシュ圧力が落ち着く見通しの前提を弱める可能性を指摘。「企業の賃金・価格設定行動が積極化する下で、為替の変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている面があることは意識しておく必要がある」とした。 

  また、 企業の賃金・価格設定行動を巡るリスクも指摘。「この先、賃金と物価の連関が想定以上に強まり、物価が上振れる可能性はある」とした一方で、先行き、賃金上昇分を含めた販売価格への転嫁の動きが弱まることがないか、注視する必要があるとも語った。

  その上で、足元の物価情勢について「わが国の基調的な物価上昇率は2%に向けてしっかりと歩を進めており、 賃金と物価の好循環の強まりが確認されてきている」との認識を示した。

一段と円安進行

  講演に続く質疑応答では足元の円安について問われ、「急速かつ一方的な円安は、例えば企業の事業計画策定を困難にするなど不確実性を高め、日本経済にとってマイナスであり、望ましくない」と懸念を表明。基調的な物価上昇率に為替の動きが影響してくる、あるいはそのリスクが顕著に高まってくれば「政策対応することになる」と語った。

  外国為替市場では、総裁講演の最中に、円相場が1ドル=155円51銭まで下落した。総裁が午前の国会答弁で円安によるこれまでの物価への影響について控えめな見解を示したことをきっかけに、円が一段と下落。介入に慎重なイエレン米財務長官の発言を受け、日本の介入が困難になるとの見方も引き続き円の重しとなった。

  日銀は3月会合でマイナス金利を解除し、イールドカーブコントロール(長短金利操作、YCC)の廃止や上場投資信託(ETF)の新規購入停止も決めた。4月会合では政策を維持する一方、新たな展望リポートで物価見通しを上方修正し、「基調的な物価上昇率が上昇していくとすれば、金融緩和の度合いを調整」していくと明記した。

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