東アジア「深層取材ノート」(第242回)、近藤 大介follow

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党の副大統領候補になったとたんに中国批判

 7月15日の米共和党大会初日に、大統領公認候補となったドナルド・トランプ前大統領は、「ランニング・メイト」の副大統領候補に、39歳のJ・D・バンス副大統領候補(オハイオ州選出上院議員)を指名した。するとバンス候補は、受諾指名演説で早速、中国を名指しで批判した。

「私の故郷は、ジョー・バイデンに台無しにされ、犠牲になってきた。われわれはアメリカの労働者の賃金を守っていく。その裏で、中国共産党が彼らの中産階級を築くのをストップさせる。

 中部の人々、オハイオ、ミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニア……。これら忘れられたわが国のすべてのコミュニティ。

 私はあなたたちに、一つ約束する。自分がどこから来たか、絶対に忘れない副大統領になると」

 このようにバンス氏は、「自分の故郷」=「ラストベルト(錆びた地域)」=「廃(すた)れた製造業」=「製造業は中国に移転」=「中国が繫栄」=「中国を許さない」という図式を示したのである。

 実際、バンス氏は、副大統領候補の指名を受ける前から、中国に対して非常に厳しい姿勢を見せてきた。例えば、メディアとのインタビューや上院の公聴会などで、以下のように語っている。

「中国が米国から多くの雇用を奪っているのが気に入らない」

「われわれが何よりも防がなければならないのは、中国の台湾侵攻だ。そうなれば、この国にとって壊滅的だ。非常に多くのコンピューターチップが台湾で製造されており、わが国の経済全体を大きく損ねることになる」(ブルームバーグ・ビジネスウィーク)

「中国が台湾に侵攻した場合に起こり得る、東アジアでの戦争を支援できるような産業能力は、われわれにはない。このため、アメリカは(他国への支援を)選別する必要がある」(FOXニュース)

「中国は真の実力を重視している。実際のところ、われわれがどれほど強力なのかということに、彼らは注目している。中国への対抗で十分な強さを確保するためには、われわれはそこに集中しなければならない。いまは手を広げ過ぎている」(FOXニュース)

「アメリカの産業を、あらゆる競争から守る必要がある。中国がわれわれに勝つのは、彼らの労働力が優れているからではない。そうではなくて、彼らが『奴隷』(強制労働させられている新疆ウイグル自治区のイスラム教徒たちを指す?)を使ってでも、物を作ろうとするからだ」(CBS)

「私は中国が好きではない。中国がアメリカから多くの雇用を奪っているのが気に入らない。われわれは、ばかばかしい外交政策を追求することが非常に多いため、十分なものがつくれない。もっと自立しなければならない」(CBS)

「中国(の体制)をわれわれに近いものにさせられれば、長期的には価値がある。そのような根本的な目標が実現しなかったのであれば、プロジェクト全体を考え直さなければならないと思っている」(ポリティコ)

「われわれの産業の多くを中国に移しているようでは、技術革新は望めない。アメリカの産業をより高価なものにし、中国の産業をより安価なものにするならば、それはアメリカの消費者にとっても、アメリカの技術者にとっても、そして最終的には、アメリカの安全保障にとっても、実に悪い取引だと考えている」(上院公聴会)

「中国共産党がアメリカのルールに従いたくないのであれば、われわれの金融市場へのアクセスを認めるべきではない。オハイオ州の労働者や、われわれの製造業は、あまりにも長い間、中国共産党の違法な為替操作による影響に苦しめられてきた。いまこそ、彼らの責任を追及し、法律に従わせる時だ」(今年3月の発言)(以上、7月18日付ブルームバーグの記事から引用)

ベストセラーとなった自伝にも滲み出る嫌中感情

 私は、バンス氏の心情を知りたく思い、彼を一躍有名にした自伝的ベストセラー小説『ヒルビリー・エレジー』(光文社未来ライブラリー、2022年)を読んでみた。

バンス氏の著書『ヒルビリー・エレジー』(光文社未来ライブラリー)

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 タイトルを直訳すると、「田舎者の哀歌」。そこには、夢も希望もない殺伐とした中部白人たちの「アメリカ砂漠」の世界が、赤裸々に描写されていた。失礼だが、こんな方が副大統領候補になってしまうところに、アメリカン・ドリームの健全さを感じた。同時に、バンス氏を抜擢したトランプ氏の「ひらめき」にも恐れ入った。

2022年11月の中間選挙で上院議員となったバンス氏。当時からトランプ氏の支持もあって5月の予備選で共和党候補となることができた=2022年4月23日撮影(写真:AP/アフロ)
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 この小説には、中国に関する描写が、日本に関する描写とともに書かれていた。バンス氏の地元を代表する企業アームコ・スチールが、1989年に川崎製鉄(現・JFEスチール)と合併して、AKスチールとなった時の話だ。

<第二次世界大戦の兵役経験者とその家族であふれているこの町では、アームコとカワサキの合併は、まるで東條英機自身がオハイオ南西部に工場を開くことにしたかのように受けとめられたのだ。ただし、合併反対はひそひそとささやかれる程度だった。自分の子どもが日本車を買ったら勘当すると言っていた祖父ですら、合併発表の数日後には不平をもらすのをやめて、こう言っていた。「じつのところ、日本人はもうおれたちの仲間だ。あの辺の国と戦争するとしたら、敵はあのいまいましい中国だな」>(同書101ページ~102ページ)

 このようにアメリカ中部では、「昔は日本を敵視していた人々が、いまは中国を敵視する」という構図なのだ。

「トランプ&バンス」vs「習近平&王毅」の構図が生まれるのか

 一方、これだけバンス氏に「恨まれた」中国も、反論を始めている。中国を代表する国際紙の環球時報は、7月18日に「アメリカ大統領選で中国を語り障壁に持ち出すなかれ」と題した社説で、こう述べた。

<共和党の副大統領候補に選出されたばかりのバンスが書いた『郷下人的悲歌』(ヒルビリー・エレジー)は、中国社会に反響を巻き起こした。多くの人がアメリカの「ラストベルト」に同情を抱いたのだ。

 だが同時に、一部のアメリカ人の中国認識は、極めて低レベルだ。中米間ではたしかに、正しい認知を行っていかねばならない

「中国ウォッチャー」の私には、トランプ氏とバンス氏が、まるで習近平主席と王毅外相のように見えてしまう。つまりバンス氏は、「トランプ氏の忠実なる代弁者」というわけだ。

 ともあれ、共和党大会を経てアメリカ大統領選は、「銃弾から生還したタフマン」の前大統領と、「コロナ療養で引きこもり」の現大統領とが、すっかり差が開いてしまった。「もしトラ」はいまや「ほぼトラ」の状態だ。

 いまから憂(うれ)うのは時期尚早かもしれないが、2025年以降の米中関係は、「トランプ&バンスvs習近平&王毅」で、一体どうなってしまうのだろう?

『進撃の「ガチ中華」-中国を超えた-激ウマ中華料理店・探訪記』(近藤大介著、講談社)