コラムニスト:Daniel Moss、リーディー・ガロウド

世界的に中央銀行の決定はより予測可能になった。だが、日本銀行は違う。植田和男総裁は予想外の追加利上げで、金融政策を巡る鉄則の一つを破った。先週の国会での反省のない答弁から判断すると、総裁はこのエピソードからほとんど教訓を学んでいない。不幸な結末は信頼の低下だろう。

  植田総裁は23日、衆院財務金融委員会の閉会中審査での証言で、8月初旬の市場混乱について、日銀の追加利上げを含む日本で起こった事柄ではなく、米経済への不安が原因との見方を示した。この姿勢で問題なのは、日銀には何の影響力もないという前提に立っていることだ。米連邦準備制度は確かに世界最強の中銀だが、日銀の決定も重要だ。

  円が急伸した8月5日は、日経平均株価が12%余り下落。その根本原因が何であったにせよ、日銀にも責任の一端はある。ウォール街は困難な1日に耐えたが、東京ほどの混乱には見舞われなかった。

  日銀は7月31日に主要政策金利を0.25%に引き上げた。だが、これは世界的に見ればまだ非常に低い金利水準だ。日銀の誤りは、利上げそのものではなく、利上げが国債購入減額計画および将来の複数回の利上げ見通しを示した新たなタカ派的フォワードガイダンスと組み合わされたことにある大半のエコノミストは、植田総裁が利上げを見送ると予想していた。

  確かに、金融政策は経済がどのような道を歩むのかについての見通しを反映した形で進められる必要がある。しかし、日銀が株式・為替市場で次に起こり得る混乱の責任を取らされたくなければ、植田総裁はコミュニケーションにもっと注意を払った方がいい。

  特定のメディアへのリークスキャンダラスなことだが、それについて話しているのではない。われわれが言いたいのは、現代の中銀は何をするかということと同じくらい、何を言うかによって進化するということを、日銀はそろそろ理解すべきだということだ。

  米カリフォルニア大学アーバイン校のエリック・スワンソン教授は、ワイオミング州ジャクソンホールで開かれたカンザスシティー連銀主催の年次シンポジウムで、当局者がその意図を伝える努力を強化したため、投資家の予測能力が高まったとするプレゼンテーションを行った。

  米連邦公開市場委員会(FOMC)の「発表自体がサプライズとなることはめったにないが、金融政策の重要な変更はスピーチを通じて事前に市場に伝えられることが多い」と、同教授はスリランカ中銀のビシュディ・ジャヤウィクレマ氏と共同執筆した3月の研究報告書に記している。日銀にとって、これは必読だろう。

  どちらかといえば、植田総裁は予測不可能なことをしてきた。就任1年目の大半は、多くの人の予想よりも動きが遅かったが、今はトップギアから抜け出せなくなっているようだ。

  円が1ドル=160円に向かい値下がりしていた4月、植田総裁は円相場が物価に与える影響は「無視できる範囲」だと述べた。

  だが、その3カ月後、為替相場はインフレを日銀目標の2%をはるかに上回る水準に押し上げかねない大きなリスクとなったようだ。そのために総裁が、賃金と物価の好循環を確認するデータを待つことなく、利上げを前倒しする必要性に触れなければならなかったほどだ。一方、日銀は7月末の同じ会合で、今年度の国内総生産(GDP)成長率見通しを0.6%に引き下げ、経済が過熱する可能性はほとんどないことを示した。

  何が変わったのか。植田総裁は今しかないと思ったのかもしれない。9月の金融政策決定会合は、自民党が新総裁を選ぶ1週間前に開かれる。10月は米大統領選の直前であり、12月は流動性の低い時期になる。しかし、これらは前もって分かっていたことだ。引き金としてより可能性が高いのは、総裁が5月に岸田文雄首相と会談し、為替について話し合ったことだ。

  独立性が担保されている日銀だが、事実上の退陣を8月に表明した岸田首相は円安に対する国民の不満が高まっていることを説明したと思われる。植田総裁はその後、円相場に関する口調が明らかに用心深くなった。

  以前は慎重かつ冷静だった植田総裁に政治が重くのしかかっているという感覚は拭いがたい。突然の利上げに対する納得のいかない説明と、円の影響に関する総裁の方向転換は、こうした懸念に拍車をかけている。

   日本は自民党総裁選を経て3年ぶりに新しい首相を迎えようとしている。これに伴い、金融政策の正常化に向けたムードが高まっている。故安倍晋三元首相に代表されるような金融緩和論者は、少なくとも安倍派の影響力が弱まっていることもあり、最近は目立たない。岸田首相の後任に立候補した人たちの多くは、すでに利上げを支持している。

  日本の金利は米国に比べればまだ極端に低い。日銀は、2013年にデフレとの大規模な闘いを始めた黒田東彦前総裁の遺産から距離を取り続けるしかないように見える。時代は変わり、インフレへの警戒は正当化されると植田総裁は主張している。その通りだ。しかし、衝撃への忌避感も高まっている。

  今のところ、植田総裁は難を逃れている。相場急落はその規模にもかかわらず、事実上巻き戻している。日本経済新聞が最近実施した調査によると、54%が7月末の追加利上げを支持している。最も強く賛同を示したのは、口座に資金をため込んだ年金受給者ではなく、30代の回答者だった。

  しかし、8月初旬の警告を忘れてはならない。植田総裁はくじを引くような決断をしてはならない。世界のセントラルバンカーに倣い、コミュニケーションを改善させるのだ。

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(ダニエル・モス、リーディー・ガロウド両氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:How Long Can the BOJ Get Away With Rate Shocks?: Moss & Reidy(抜粋)