Pierre Briancon

コラム:予想外に好調なロシア経済、戦争の「麻薬」が切れるとき

[ベルリン 15日 ロイター BREAKINGVIEWS] – ロシアのプーチン大統領が2022年にウクライナ侵攻を決断して以来、西側による制裁発動にもかかわらず、経済成長率が予想を上回り続けている。大規模な軍事支出と制裁逃れの貿易、ロシアがコモディティーの輸出先をより友好的な国に切り替えていることが理由だ。

この「戦争依存」はロシアにとって経済財政面で大きなアキレス腱になっている。

22年2月のウクライナ侵攻開始当時、ロシア経済の先行きは悲観されていたが、そうした見通しに比べて今の状況はずっと好調だ。成長率は22年こそマイナス1.2%だったが、昨年はプラス3.6%に持ち直し、国際通貨基金(IMF)によると今年もプラス3.2%が見込まれる。昨年の実質賃金は7.8%も増加。西側の制裁が及ばないロシア国内の接客業や観光業といったサービス部門も活況を呈している。

予想外の好調ぶりは主に3つの要素で成り立っている。まずはロシアの制裁に対する適応力だ。ロシアは14年のクリミア併合以降、常に何らかの形で制裁の標的にされており、この間次第に適応力が向上してきた。

その一例として、欧州から中央アジアの旧ソ連諸国向け輸出が驚くほど活発化している点が挙げられ、一部の西側企業が制裁対象の製品を迂回ルートでロシアに出荷し続けている様子がうかがえる。国連商品貿易統計データベースに基づくと、21年から23年までにドイツからカザフスタンへの輸出は2倍以上に膨らんだ。これはカザフが突然ドイツ製品の需要を高めたとは考えにくい。実際、同じ期間にカザフからロシアへの輸出が40%も増加していた。

ロシアは自国産の石油・ガスに対する中国の購入意欲も当てにできるし、もはや西側企業から入手できない精密部品などの一部を中国から調達することも可能だ。昨年の中ロ貿易は確かに26%拡大し、ロシアにとって中国が最大の貿易相手になった。

ただ、今年に入って中ロ間の貿易取引は減速している。中国の銀行が米国の二次的制裁対象になることを恐れている関係で、ロシアの対中貿易決済が難しくなったためだ。ロイターの報道によると、両国は近くバーター貿易(物々交換)を開始する可能性がある。

それでもロシア経済の「打たれ強さ」をもたらしている最大の要素は、プーチン氏がウクライナとの戦争開始以降、国家予算の大きな部分を軍事支出に振り向けていることにある。同氏は先月、戦争前は100万人だった総兵力を150万人と中国に次ぐ世界2位の規模にするための新たな動員令を発出した。

またプーチン氏は1年前、25年は軍事支出を増やす必要はないと約束したが、このほど政府が発表した25─27年の予算案(一部非公表)を独立系のロシア専門家が分析したところ、25年も軍事支出は約25%増額される見通しだ。支出額は13兆2000億ルーブル(1400億ドル)と、ロシア国内総生産(GDP)の6%を超える。GDP比は北大西洋条約機構(NATO)加盟国が目標とする2%の3倍だが、冷戦期の旧ソ連の18─20%に比べればまだまた小さい。

しかし、向こう数年のさらに先を見越すと、状況は暗たんとしてくる。昨年と今年最初の数カ月は政府支出の急増が経済を引っ張る力になったとはいえ、そうした過熱感は間もなく弱まるかもしれない。

ロシア中央銀行は先月のリポートで、第3・四半期は「より緩やかな成長」になる兆しが幾つかあると指摘し、長期的な課題も抱えていると述べた。年間9%という物価上昇率もその1つで、中銀のナビウリナ総裁はこのインフレによって非常に引き締め的な金融政策運営を強いられ、政策金利は先月また1ポイント上がって19%に達した。

借り入れコストがこれほど増大したことで、銀行の企業や家計向け融資は鈍化が見込まれるが、折しも政府は法人税と所得税の税率引き上げを模索しつつある。さらにロシアは戦争開始以来、高技能労働者が大挙国外に脱出した影響もあり、深刻な人手不足に直面している。足元の失業率は3%未満だ。

ロシア経済にとって2番目の制約は、現在の経済成長が今後の課題に備える性質のものでないことだ。西側による制裁のため、ロシアは工業製品、特に軍事機器の面で高度な技術を欠き、質的な低下を余儀なくされている。いみじくも10年前に2人の経済学者が指摘したように、こうした制裁が生み出したロシアの成長は、安価で丈夫、ローテクという特徴を備えた同国製自動小銃「カラシニコフ」にたとえるのが最もふさわしい。

最後の問題として浮かび上がるのは、現在国家予算の4割を占めるようになった軍事支出の増加が、教育や医療といった分野への投資も振るわないことを意味するという事実だ。社会保障費は3年連続で圧縮された。今後生産性が改善せず、公共投資を通じた成長が止まり、年金生活者が痛手を受け、ロシア経済が苦境に陥れば、プーチン氏の人気は急落するのではないか。

ロシアは今、経済学者ウラジスラフ・イノゼムツェフ氏が描写した「発展なき成長」というモデルにはまり込んでいる。

プーチン氏はローテク品の量産化にかつてないほど大規模な軍事支出を振り向けることで、速戦即決ではなく長期の消耗戦に敵を引きずり込んで疲れ果てさせる準備をしているように思われる。

ただこの戦略は、ロシアがより強烈で高度な戦いのコストを負担するのを難しくする。欧州がロシア制裁を厳格化することができるか、少なくとも現在の制裁の枠組みに存在する多くの抜け穴をつぶすことが可能になれば、そうした事態は起こり得る。

プーチン氏は、少なくとも財務省と中央銀行に有能なリベラル派を配置し続ける限り、ロシア経済は難局を乗り切れると期待することはできる。しかし、より長い目で見れば、いったん軍事支出という「麻薬」の効き目がなくなった場合、ロシア経済に内在する課題が必ず日常的な光景として出現してくる。その際に何か劇的な地政学的変化が起きて「離脱症状」を克服する手助けになれば、幸いだろう。

(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)