米資産運用大手ブラックロックのラリー・フィンク最高経営責任者(CEO)は10月にこう発言した。11月5日の米大統領選でどちらが勝利しようと「大した問題ではない」と。ところが――。昨年4月、ニューヨーク証券取引所で撮影(2024年 ロイター/Brendan McDermid)
[ニューヨーク 4日 ロイター Breakingviews] – 米資産運用大手ブラックロック(BLK.N)のラリー・フィンク最高経営責任者(CEO)は10月にこう発言した。11月5日の米大統領選でどちらが勝利しようと「大した問題ではない」と。ところが、2020年の前回大統領選で民主党候補バイデン大統領が共和党候補トランプ前大統領を破った際にフィンク氏が見せた姿勢は全く異なり、バイデン氏を「理性の声」と賞賛していた。こうしたフィンク氏などの変化は、経営者の間でさえも米国の政治に対して希望よりも恐怖を感じている面がずっと大きいことを物語っている。
シリコンバレーからニューヨークまで、米経済界の有力者たちの政治的姿勢の変わりようは劇的だ。特に目立つのはハイテクのスタートアップ企業分野。マーク・アンドリーセン氏を含めた何人もの大物ベンチャー投資家はこれまで長らく民主党支持だったが、今はトランプ氏を強力に応援しつつある。電気自動車(EV)大手テスラ(TSLA.O)のイーロン・マスクCEOに至ってはさらに踏み込み、トランプ陣営に数千万ドルもの献金をしている。企業としての利害関係を踏まえれば、こうした動きは理にかなっているように思われる。バイデン政権の反トラスト法(独占禁止法)運用強化は、確かに大手ハイテク企業に対してスタートアップ企業が身売りする流れを阻んでいるからだ。さらに共和党は伝統的に課税負担軽減や規制緩和に前向きであり、今回の民主党候補ハリス副大統領は一貫してハイテク業界の支持獲得に苦戦を強いられてきた。
だが、シリコンバレーでトランプ氏への肩入れが加速しているのと対照的に、政治的な立場を示すのをやめる企業経営者も存在し、これは別の潮流を示唆する。フィンク氏だけでなく、アマゾン・ドット・コム(AMZN.O)創業者ジェフ・ベゾス氏は所有する米紙ワシントン・ポストが特定の大統領候補を支持する方針を中止した。また前回大統領選で民主党支援に傾き、米紙ウォールストリート・ジャーナルの論説で批判された米国最大の企業団体、米商工会議所についても、現在はハリス氏をあまり積極的に後押ししていないとして左派の有力献金者の間でひそかに不満が広がっている。
政治献金自体が増えているのは間違いない。オープンシークレッツによると、米国で今年これまで国政選挙に投じられた資金は160億ドル弱と、16年の2倍を超えた。選対陣営への直接献金以外に、陣営外部の政治活動委員会は30億ドル近くを投じている。しかし足元で状況が違ってきているのは、企業トップとホワイトハウスの公的な関係を取り仕切るという点で、トランプ氏がその一方の当事者になる確率が高まっていることだ。アマゾンはトランプ政権下で100億ドルの防衛関連契約を失ったことに抗議し、トランプ氏のアマゾンに対する個人的な嫌悪感によって選定手続きが政治的に歪められたと非難した事実を、ベゾス氏は改めて胸に刻まなければならない。
トランプ政権下の決定で不平不満が高まった例としては、17年に司法省が通信大手AT&T(T.N)によるメディア大手タイムワーナーの買収阻止を求めて提訴したことも挙げられる。タイムワーナーの傘下には、トランプ氏への批判報道で同氏を何度も怒らせたCNNがあった。
フィンク氏やベゾス氏は、政治的な沈黙を続ければトランプ氏が勝利しても火の粉をかぶらずに済むと信じているのかもしれない。ただ、恐怖によって顔を伏せ続ければ、相手に軽視されることで生じる被害は予測できなくなる。実際にどんな状況かは、トランプ政権下でクビになった驚くほど多くの同氏の友人らに聞いて見れば分かるだろう。
もっとも反対陣営のために働いてもまた別の問題は生まれる。民主党の大口献金者でリンクトイン共同創業者のリード・ホフマン氏は、反トラスト法の運用を厳しくするという左派グループの決意を固めさせる要因になったカーン連邦取引委員会(FTC)委員長について、ハリス氏が当選すれば解任すべきだと要求している。
米企業経営者は、静かに多額の献金をすることで全ての要素をコントロールしていると考えているのだろうが、現実には影響力を失いつつあるのだ。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)