ロシアのプーチン大統領が始めたウクライナ侵攻は、3年近い流血の消耗戦を経て、新たに危険な段階に入った。
侵攻1000日目を迎えた19日、ウクライナ軍はロシア領の国境地帯にある軍事基地を米国製の長距離地対地ミサイル「ATACMS」で初めて攻撃した。このような動きにかねて警告を発していたロシアのプーチン大統領は核ドクトリン改定を承認し、核兵器の使用条件を広げた。通常兵器の攻撃に核で報復する脅しを強めた格好だ。
19日の早い時間帯に起きた二つの出来事は、戦争の日常的進行から長らく目を背けてきた投資家らを動揺させ、安全資産に向かわせた。ロシア軍支援のために派遣された北朝鮮兵が戦場に最近到着し、事態は実際には既にエスカレートしていた。
ホワイトハウスに来年1月に復帰するトランプ次期米大統領が、短期間で戦争を終結させる公約を掲げたことで、ウクライナと支援国に新たな危機感が生じた。
トランプ氏の米大統領就任が近づく中で、ウクライナのゼレンスキー大統領はさらなる兵器供与を求め、バイデン政権は任期が終わる前にできる限りの支援を行おうとしている。ドイツのショルツ首相は15日にプーチン氏と電話会談し、和平協議への参加を促したが、妥協の意思を同氏は示さなかった。
カーネギー国際平和財団ロシア・ユーラシアセンターの上級研究員、タチアナ・スタノワヤ氏は「プーチン氏にとって、現状は事態をエスカレートさせる大きな誘惑になる」とX(旧ツイッター)への投稿で指摘。プーチン氏とトランプ氏が衝突のスパイラル的悪化の責任をバイデン大統領に負わせることで、直接交渉の前提になり得るとの見解も示した。
プーチン氏は、核戦争かロシアの条件に基づく解決か二者択一しかないと西側指導者に認識させようとしているのかもしれないとスタノワヤ氏は分析し、「極めて危険な局面に入った」と警告した。
インタファクス通信によると、米国が供与したATACMSで、ウクライナがロシア西部ブリャンスク州の軍事施設を攻撃したとロシア国防省が発表した。バイデン政権がウクライナにロシア領内への長距離ミサイル攻撃を認めると決定後、初めてとなる。
ウクライナ軍参謀本部はこれより先、同国国境から約115キロの地点にあるロシア・ブリャンスク州のカラチェフにある兵器保管施設を攻撃したと確認した。参謀本部と国防省は攻撃に使用した兵器について機密情報だとして明らかにしていない。ロシア国防省はミサイル5発を迎撃し、死傷者の報告はないという。
核ドクトリン改定
一方、プーチン氏はドローンを含む通常兵器による大規模攻撃を受けた場合の対応として、核による報復を可能にする大統領令に署名した。オンラインに掲載された大統領令によれば、非核保有国が核保有国の支援を得てロシアやその同盟国に攻撃を仕掛ける場合、ロシアは共同攻撃だと見なす。
プーチン氏は今年9月、核保有国の支援を受けた非核保有国による攻撃を踏まえ、核ドクトリンを改定する考えを示していた。
こうした動きを受け、地政学的な緊張が高まる際に買われることの多い国債や円、スイス・フランが上昇。米10年債利回りは一時7ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)、ドイツ10年債利回りは11bpそれぞれ低下した。円はドルに対し最大で0.8%値上がりし、スイス・フランはユーロに対して8月以来の高値を付けた。
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米国家安全保障会議(NSC)の報道官は、ロシアの核ドクトリン改定に対応して米国が核指針を調整する理由はなく、ロシアの決定に意外性はないと述べた。
ロシア大統領府のペスコフ報道官は、西側のミサイルを使ったウクライナの攻撃は核保有国の支援を受けた非核保有国の攻撃だと見なされるだろうと指摘。
ロシアは主権や領土保全に重大な脅威をもたらす「通常兵器を使った攻撃に対し、核兵器を使用する権利を留保する」と主張した。同報道官の発言は国営タス通信が伝えた。
国営通信社RIAノーボスチによると、バイデン政権がウクライナでの戦争を確実に継続させるため今後2カ月にあらゆる手を尽くすだろうとロシアは認識しているとも、ペスコフ氏は発言。米実業家イーロン・マスク氏が戦争の仲介役を務める可能性については、同氏の外交的な取り組みをロシアは関知していないとペスコフ氏は述べた。
プーチン氏はこれまで、米国や欧州諸国がウクライナに西側製の長距離高精度兵器でロシア領内深くへの攻撃を許すなら、ロシアと直接対決することになるとして警告していた。
ただ、ロシアのラブロフ外相は戦争のエスカレートは西側に非があるとしつつ、核使用を巡る懸念を落ち着かせようとした。
20カ国・地域(G20)で同外相は「核戦争が起こらないよう、あらゆる手を尽くすことをわれわれは強く支持している」と述べ、「核兵器は何よりもまず、核戦争を防ぐための兵器だ」と続けた。
ウクライナのゼレンスキー大統領は19日にキーウの議会で、同国が領土の権利を放棄することはないとあらためて強調し、国民の団結を呼びかけた。
「全世界がトランプ氏の奇跡を待っている。厳しくても進まなければならない」とゼレンスキー氏は述べた。ロシア・ブリャンスク州への攻撃や米国が供給したミサイルの使用に関する発言はなかった。
バルト海の海底ケーブル損傷
18日にバルト海海底でケーブル2本が損傷したことが明らかになり、事態がエスカレートしている様相を強めている。
ドイツのピストリウス国防相は破壊行為として調査していると表明、ロシアが欧州連合(EU)に対してハイブリッドかつ軍事的な脅威をもたらしていると指摘した。
「これは現地で何かが起きているという極めて明白な兆候だ。ケーブルが偶然切断されたとは誰も考えていない」と同相は19日、EU国防担当相会合を前に述べた。
フィンランド当局によると、フィンランドとドイツを結ぶ高速通信ケーブルが18日に恐らく外部の衝撃により切断された。近隣のリトアニアとスウェーデンを結ぶケーブルも損傷したという。この4カ国はいずれも北大西洋条約機構(NATO)加盟国。今のところ、ロシアの関与を示す証拠は示されていない。
原題:Russia’s War Against Ukraine Is Entering Dangerous New Phase (3)、Ukraine Carries Out First Strike With US Missiles in Russia、Kremlin: Russia Realizes Biden Will Try to Extend Conflict: RIA、German Defense Chief Sees Baltic Cable Breaches as Sabotage (1)、Russia’s War Against Ukraine Is Entering Dangerous New Phase (2)(抜粋)