By 唐鎌大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

2025年の視点:改善する貿易収支と加速するデジタル赤字、円相場の需給を検証=唐鎌大輔氏

[東京 4日] – 2025年の円相場見通しのポイントに関し、言及したい論点は多岐にわたるが、今回は以前から本コラムでも重視している需給に絞って議論したい。以下では、需給分析の要となる経常収支を中心に25年のイメージを示す。

<25年の円相場見通しと需給分析の整理>

まず、経常収支の仕上がりを規定しやすい貿易収支は原油価格のピークアウトを背景として赤字縮小が予想される。貿易収支の仕上がりに最も大きな影響を与える変数はやはり資源価格、象徴的には原油価格だ。近年の原油価格について通年平均を見ると、22年に100ドル程度、23年と24年は80ドル程度だった。25年の原油価格を予想することは筆者の手に余るが、中国経済不振による需要減退から下落を指摘する声は多い。さらに第二次トランプ政権で進む環境規制の巻き直しや化石燃料の供給増加も資源価格の上値を押さえそうだ。

実際、大統領選後の原油価格は軟化し、断続的に70ドルを割り込んでいる。例えば、25年の原油価格を平均70ドルと仮定すると前年比で約マイナス13%の下落になる。これだけでも2兆円以上の輸入減少になるだろう。実際の影響は原油に限らず、原料品(木材など)、原料別製品(鉄鋼や非鉄金属など)や化学製品など、輸入構成比が大きな品目の単価にも影響が及ぶはずだ。いずれにせよ、70ドル前後の原油価格が続けば、貿易収支全体で兆円単位の改善要因になる。これは非常に大きな話だ。

<貿易収支改善はコンセンサス>

しかし、第二次トランプ政権が仕掛ける貿易戦争の行方次第では輸出の増勢が鈍る懸念もある。特に日本は、対米自動車輸出が目の敵にされた上で追加関税が課される懸念がくすぶる。輸入が減少しても、輸出も減少すれば収支の改善は限定される。輸出増加を確信できない中、25年の貿易収支が19年以前の水準(15─19年の5年平均で約プラス2400億円)に戻るのは難しいかもしれない。

24年の貿易収支赤字が仮にマイナス5─6兆円程度だとすれば、そこから若干改善を見込んで25年の仕上がりはマイナス3─4兆円程度だろうか。それでも22年に記録した過去最大の赤字(約マイナス20兆円)から比べると劇的な改善ではある。貿易収支予想は幅を持った理解を求めたいが、貿易収支の改善予想自体はコンセンサスと言えるだろう。

<サービス収支に想定される2つの変化>

その他の項目はどうか。第一次所得収支はプラス40兆円程度、第二次所得収支はマイナス4兆円程度と24年並みの仕上がりと考えておくのが無難だろう。しかし、残るサービス収支は注目したいポイントが2つある。1つが旅行収支黒字のピークアウト、もう1つがデジタル赤字の拡大だ。いずれも需給悪化を示唆する事実である。

前年比の増勢という観点に立てば、旅行収支の増勢は鈍るだろう。というのも、日本では23年3月まで水際対策と称した防疫措置が取られていた。24年の旅行収支が23年の約プラス3.6兆円からプラス5兆円台へ大幅増加となるのはそのためでもある。同様の動きを25年に期待するのは難しいだろう。言い方を変えれば、パンデミックとは無関係の、地力としての旅行収支の変化を確認するのが25年になる。人手不足や円安のピークアウト、日本におけるオーバーツーリズムへの警戒なども踏まえると、旅行収支黒字のピークアウトは25年に注目したい1つのテーマではある。旅行収支黒字は24年並みを維持できたとしてプラス5兆円程度、ピークアウトが顕著になるケースとしてプラス4─5兆円程度ではないか。

<デジタル赤字は伸びる>

一方、その他サービス収支赤字も毎年のように過去最大を更新しており24年は1─10月合計で約マイナス7.1兆円と23年通年の赤字(約マイナス5.9兆円)を超えている。この赤字のほとんどが近年注目されるデジタル赤字であり約マイナス7.1兆円のうち約マイナス5.6兆円を占める。ちなみに23年の貿易収支を例に取れば、日本が輸入する液化天然ガス(LNG)が約マイナス6.5兆円、石炭が約マイナス5.8兆円であった。今やGAFAMを中心とする米巨大IT企業から供給されるデジタルサービスは天然資源と引けを取らないほどの必需品として経済活動に組み込まれてしまっている。その性質から需要の価格弾力性は極めて低いため、値上げされても消費は続くことになる。

なお、デジタル赤字の拡大は20年以降の話であり、純粋にサービスへの需要を反映していると見るべきだろう。筆者も委員として参加した財務省「国際収支から見た日本経済の課題と処方箋」の第1回議事要旨には「デジタル赤字の背景には、コロナ禍で、学生等にリモート学習のためのツールを配布したこともある」といった記述がある。パンデミックを契機として遠隔会議や授業、セミナー等を実施するようになったのは教育機関だけではなく、社会のありとあらゆる場所でこれが日常として取り入れられるようになった。この流れがいつ、どうやって止まるのか想像がつかない。

筆者試算ではデジタル赤字は24年に約マイナス7兆円に到達する。デジタル赤字の前年比変化率に関し、過去10年の平均を取るとプラス13%程度だ。仮に24年が約マイナス7兆円だと仮定すれば、25年は約マイナス7.7兆円まで赤字が膨らみ、その他サービス収支赤字はマイナス8兆円に肉薄する。輸送収支が前年並みのマイナス6000億円程度だとすると、サービス収支赤字はマイナス3.6兆円程度(その他サービス収支の赤字マイナス8兆円、輸送収支の赤字マイナス6000億円、旅行収支の黒字プラス5兆円)になる。この赤字水準はほぼ近年のイメージから逸脱しない。

<CFベース経常収支は均衡イメージ>

こうした議論を踏まえた上で25年の経常収支をイメージすると大体、プラス28─30兆円程度の黒字が予想される。しかし、黒字を支える第一次所得収支のうち、確実に円買いが発生すると思われる部分を考慮した上で試算したキャッシュフロー(CF)ベース経常収支はプラス1─2兆円程度とも予想している。おおむね均衡のイメージである。これは実は24年と似たような仕上がりでもある。「実需の円売り」が円安相場を主導した22年や23年のような状況は再現されず、金利差の説明力、言い換えれば「投機の円売り」の影響力が相対的に増幅されやすい年になるように思える。こうした状況ではボラティリティは上がりやすく、24年で言えば8月初頭や11月末に見たような円相場の急騰とこれに連れた日本株の動揺は起きやすくなる。そのような状況が慢性化してしまうと日銀は正常化方向の政策運営をやりづらくなるかもしれない。

<基本的な需給環境は変わらず>

今回は経常収支に議論の的を絞った。実際、それが需給環境をイメージするのに最も相応しい計数であることは論をまたない。だが、それ以外でも24年大いに注目された新NISA(少額投資非課税制度)などに伴う「家計の円売り」や政府が旗振りを行う対内直接投資の動向など、考慮すべき論点は無数にある。それら全てを議論し尽くす紙幅は無いが、月間1兆円ペースで投資信託経由の円売りが出ていた24年からの減速はあるとしても「家計の円売り」自体が25年に途絶することも考えにくい。一方、対内直接投資は23年の「骨太の方針」から掛け声こそ大きいものの、未だその実績をはっきり確認する状況にはない。25年は過去3年間の中で言えば、円を取り巻く需給環境がはっきり改善する部分もありそうではある。しかし、「円を売りたい人の方が多い」という基本的な事実が変わるまでには至らないだろう。

そうこうしている間に25年には米連邦準備理事会(FRB)の「利下げの終わり」が争点化しそうなことは円安を忌避する日本経済にとって悲報と言わざるを得ない。こうした金利にまつわる議論はまた別の機会に委ねたいと思う。

*このコラムは12月27日にLSEGグループのニュース・データ・プラットフォームWorkspaceに掲載されました。当時の情報に基づいています。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。08年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「弱い円の正体 仮面の黒字国・日本」(日経BP社、24年7月)、「『強い円』はどこへ行ったのか」(日経BP社、22年9月)など。新聞・TVなどメディア出演多数。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中。