鈴木克依、Simon Casey
- 大統領命令の無効求める、競合のCEOと労組会長に対しても提訴
- 関税でUSスチールははるかに価値ある企業に、トランプ氏が投稿
日本製鉄のUSスチール買収計画にバイデン米大統領が不当に介入したとして、両社が複数の訴訟を米裁判所に提起した。
日鉄とUSスチールが6日、共同で発表したところによると、両社は、バイデン大統領が自らの政治的目的を達成するために全米鉄鋼労働組合(USW)の支持を得て、法の支配を無視したと主張。同大統領が不適切な影響力を行使したことにより、対米外国投資委員会(CFIUS)は誠実な審査を実施しなかったと断じ、大統領の買収阻止命令とCFIUS審査の無効などを米裁判所に申し立てた。
また、USスチールの競争力をそぐために買収阻止に加担したとして、競合のクリーブランド・クリフスのローレンソ・ゴンカルベス最高経営責任者(CEO)とUSWのデービッド・マッコール会長を別の米裁判所に提訴した。
日鉄とUSスチールは、政治的な介入に屈することなく買収を完了させるという「変わらぬ決意」を今回の提訴は示していると説明した。
一方、USWのマッコール氏は「根拠のない」主張に対して強力に反論する意向だ。
この発表を受け、6日午前の米株式市場でUSスチール株価は一時5.6%上昇した。
関税が追い風に-トランプ氏
USスチールについてトランプ次期米大統領は6日、「かつて世界で最も偉大だった企業」であり、「先頭に立って偉大さを取り戻す」存在になれると、自身のソーシャルメディア「トゥルース・ソーシャル」に投稿した。
この投稿でトランプ氏は、「関税でUSスチールははるかにもっと稼げるようになり、価値ある企業になる。そうであれば、いま身売りしたいと考えるだろうか」と問い掛け、「その全ては、すぐ実現する!」と続けた。
米紙ワシントン・ポスト(WP)は同日、トランプ氏側近らが重要な輸入品を対象に全ての国に適用する関税の導入を検討していると報じた。
原題:Nippon Steel, US Steel File Lawsuits After Biden Blocks Deal (1)(抜粋)、
*USW CHIEF TO VIGOROUSLY DEFEND AGAINST ‘BASELESS’ ALLEGATIONS
関連情報
▽日鉄会長「諦める理由も必要もない」 USスチール買収へ徹底抗戦<毎日新聞>2025/1/7 11:08
日本製鉄の橋本英二会長兼最高経営責任者(CEO)が7日、東京都内の本社で記者会見を開いた。バイデン米大統領が、米鉄鋼大手USスチールの買収計画の中止命令を出したことを受け、橋本氏は「(USスチールの買収は)アメリカの国家安全保障の強化に資する。諦める理由も必要もない。バイデン大統領の違法な政治介入で審査が適正にされず(命令は)到底受け入れられない」と話し、徹底抗戦する考えを明らかにした。
また橋本氏は「これ以上に有効な案はない。少々のことで揺るがない」とも述べ、従来の計画を実現させる考えを強調した。Advertisement
日鉄とUSスチールは6日、バイデン大統領らを相手取り、買収計画の中止命令の無効を求める訴訟など2件の訴訟を提起。バイデン氏と命令に先立つ審査を担った対米外国投資委員会(CFIUS)による違法な政治介入があったなどとして異議を申し立てたと発表していた。
また、全米鉄鋼労働組合(USW)のマッコール会長と米鉄鋼大手クリーブランド・クリフスのゴンカルベスCEOがUSスチール買収を阻止するため、違法行為を行ったと主張している。
日本製鉄とUSスチールからバイデン大統領が提訴されたことを受け、ホワイトハウスの広報担当者は6日、毎日新聞の取材に「専門家による委員会(CFIUS)は、この買収が米国の国家安全保障にリスクを生じさせると判断した。バイデン大統領は、この国の安全保障、インフラ、サプライチェーン(供給網)の強靱(きょうじん)性を、決してためらうことなく守るだろう」とコメントした。【道永竜命、ワシントン大久保渉】
▽バイデン米大統領のUSスチール買収阻止、新たな疑問が多数浮上<bloomberg日本語版>2025年1月4日 15:31 JST
- 米国の象徴USスチール、政治論争の的に-外交にも影響か
- 日鉄とUSスチールは法的措置追求へ、他に選択肢も
バイデン米大統領は3日、日本製鉄による141億ドル(約2兆2200億円)規模のUSスチール買収計画を阻止する決定を下した。米国の象徴的企業であるUSスチールは、買収計画を巡って国内政治の激しい論争の的となり新たな不確実性に直面。バイデン米大統領による計画阻止は、長年の同盟国である日本との緊張も高める。
関連記事:バイデン氏、USスチール買収阻止-日鉄「あらゆる措置講じる」 (5)
USスチール買収計画を巡っては、国家安全保障上の問題を審査していた対米外国投資委員会(CFIUS)で意見がまとまらず、最終判断が先月、バイデン氏に委ねられた。バイデン氏の決定を受けて、同社の株価は日本製鉄が提示した1株当たり55ドルを大きく下回る水準に下落した。
トランプ次期米大統領が政権発足準備を進める中、1901年設立のUSスチールが今後取り得る道筋は幾つかあり、起こり得る展開を以下に挙げる。
バイデン氏の決定は覆される可能性があるか?
ハードルは高い。米国の法律では、国家安全保障上の脅威とみなされる取引を阻止する権限が大統領に与えられていることが明確に規定されている。
しかし、USスチールと日本製鉄は手続き上の理由から異議を申し立てる可能性がある。CFIUSは昨年8月下旬に両社に書簡を送り、取引が国家安全保障を脅かすものであると指摘した。両社は100ページを超える書簡を送付しワシントンでのCFIUSの委員会と面談。審査の再申請が認められた。
一連の出来事は異例だ。企業には通常、案件に問題があると警告され対処の時間が与えられる。だが、今回のケースでは、こうした警告期間が与えられなかったため、訴訟の可能性が残った。だが、それでも勝訴するのは難しいかもしれない。
今後の展開は?
USスチールと日本製鉄は3日、バイデン氏の動きは米国憲法上の「適正手続きとCFIUSを規律する法令に明らかに違反している」とし、「法的権利を守るためにあらゆる措置を追求する」との共同声明を発表した。
声明は「われわれはバイデン大統領が自身の政治的思惑のために米国の鉄鋼労働者の未来を犠牲にすることに他ならないと考える。買収完了時にUSスチールの株主に対して1株当たり55ドルを支払うとの約束を果たすべく、法的権利を守るためのあらゆる適切な措置を講じる」とした。
ブルームバーグ・ニュースは以前、USスチールと日本製鉄が今回の案件に関し共同で訴訟を起こす可能性が高いと報じていた。訴訟が具体的にどのような形式になるかは明らかではないが、両社の株主の利益を損なうと判断したさまざまな当事者を訴える公算が大きい。
違約金はあるのか?
買収が実現しない場合、日本製鉄はUSスチールに5億6500万ドル(約890億円)の違約金を支払うことが合意に含まれていた。政府によって取引が阻止されたにもかかわらず、支払いは依然として必要。
買収阻止は日米関係にどんな意味を持つのか?
この案件は重要な同盟国との関係に緊張をもたらすものであり、米国の対中競争において極めて重要。今回の決定は、米国のいかなる同盟国や産業も、国家安全保障に関する調査を免除されることはないとのメッセージでもあり、鉄鋼を戦略的分野として扱うという超党派の動きが継続していることを示すものだ。
トランプ次期大統領は、米国内で10億ドルを投資する意思のある国に対しては、承認を迅速化するとソーシャルメディアに投稿している。だが、日本製鉄による買収については外国資本にUSスチールが所有されることへの懸念を背景に阻止する考えを表明している。
USスチールの追求できる他の選択肢は?
法的措置以外にも、USスチールの取締役会が取り得る選択肢はある。会社全体または部分的に売却する是非を再検討する可能性が高い。
昨年、クリーブランド・クリフスは現金および株式で1株当たり54ドルの買収案をUSスチールに提示したが、日本製鉄が示した全額現金による1株55ドルでの提案に劣ると広く受け止められた。クリーブランド・クリフスや他の買い手候補が交渉のテーブルに戻ってくる用意があるかどうかは不明。
取締役会は、2023年の入札プロセスで議論されたように会社分割を検討する可能性もあり、その選択肢の場合、古い資産から新しい施設を切り分けることを意味する。もちろん、USスチールが売却対象を提示せず、日本製鉄による買収提案が始まる前の経営に戻るというシナリオも考えられる。
鉄鋼労組にとっての意味は?
バイデン氏の決定は、全米鉄鋼労働組合(USW)のデービッド・マッコール会長にとって大きな勝利だ。マッコール氏は計画発表当初から一貫して批判的で、この騒動の初期段階でバイデン氏からの支持を獲得することに成功した。買収を支持していた組合員の多くが、マッコール氏ら労組執行部による計画反対姿勢をどう受け止めるかは問題として残る。
USWは3日の声明で、バイデン氏の決定を「組合員と米国の安全保障にとって正しい行動だ」と称賛した。
日本製鉄の今後は?
衰退する日本市場への依存を減らし、中国の大手メーカーに対抗することを目指した今回の買収が実現していれば、日本製鉄は世界3位の鉄鋼メーカーとなっていた。日本製鉄は今後、他の成長市場での取り組みを強化する可能性があり、アナリストらはインドをその一つとして指摘している。
原題:Biden’s Veto of US Steel Deal Raises Multitude of New Questions(抜粋)
▽日本製鉄が提訴、米大領領のUSスチール買収禁止命令無効など求め<ロイター日本語版>2025年1月7日午前 12:56 GMT+9
By 清水律子
[東京 6日 ロイター] – 日本製鉄 (5401.T), opens new tabは6日、米鉄鋼大手USスチール(X.N), opens new tabの買収に不当介入があったとして、米大統領の買収禁止命令や対米外国投資委員会(CFIUS)の審査の無効を求める訴訟など複数の訴訟を提起したと発表した。USスチールと共同で提訴した。
日鉄は「買収を完了させるという日本製鉄とUSスチールの変わらぬ決意を示している」とした上で、「この買収がUSスチールの未来を確かなものにするための最善の道であると強く信じており、この目標を達成するために、自らの法的権利を断固として守り抜く」と主張した。
日鉄は7日午前9時から橋本英二会長兼最高経営責任者(CEO)が記者会見を開く もっと見る 。
訴訟は2件で、1つは大統領の命令とCFIUS審査の無効を求める訴訟。米国憲法上の適正手続きのほか、CFIUS審査に関する法定手続要件の違反と違法な政治的介入への異議を申し立てた。日鉄は、バイデン大統領が自身の政治的目的を達成するために法の支配を無視したと主張。これにより、CFIUSも誠実な審査を行わなかったとしており、審査と命令を無効にしたうえで、法的義務を満たす審査を改めて行うようCFIUSに命じることを求めている。
2つ目は米鉄鋼大手クリーブランド・クリフス(CLF.N), opens new tabと同社CEO(最高経営責任者)のローレンソ・ゴンカルベス氏、全米鉄鋼労働組合(USW)会長のデビッド・マッコール氏に関するもの。買収を阻止してUSスチールの競争力を削ぎ、日鉄が米国製の鉄鋼製品を米国の顧客に提供する能力を損なわせるため、共謀して違法行為に及んだとしている。
日鉄とUSスチールは「米国の国家安全保障の審査制度が、選挙に勝利する目的で政治的な恩恵に報いるために、これほど明白かつ不適切に悪用されたことに失望している」と非難。「米国の法制度は高潔で公平であり、申立てが公平に審理され、公正な結果が得られることを期待し、信じている」とした。
バイデン大統領は2日、安全保障上の懸念を理由に同買収計画の中止を命じた。USWは雇用や安保に影響があるとして一貫して買収に反対を訴えてきた。
日本政府や経団連もバイデン大統領の決定に不満を表明し、理由を明示するよう求めている。
石破茂首相は6日午後の会見で、安保上の懸念を示したバイデン氏の判断理由に疑問を呈し、 米側から「きちんと述べてもらわなければ、これからの話し合いにならない。いかに同盟国であろうと、今後の関係においてその点は非常に重要と考えている」と述べた もっと見る 。
経団連は「今後の対米投資、さらには日米経済関係への影響が憂慮される」とのコメントを発表した もっと見る 。
これに対し米ホワイトハウス報道官は6日、「国家安全保障と貿易の専門家からなる委員会は、この買収が国家安全保障にリスクを生じさせると判断した。バイデン大統領は、米国の安全保障、インフラ、サプライチェーンの強靭(じん)性を守ることを決してためらわない」と述べた。
またトランプ次期大統領も、自身のソーシャルメディアへの投稿で「関税によってUSスチールはもっと収益性の高い価値ある企業になるのに、なぜ彼らは今、買収されたいのだろうか」と述べた。