伊藤純夫、藤岡徹

  • 16年の売却開始前の簿価は1兆3500億円、先月末には550億円に減少
  • 保有ETFの時価70兆円、「時間をかけて方法を決めたい」と植田総裁

日本銀行が金融危機などの際に金融機関から買い入れた株式の売却が、2016年4月の開始から想定よりも早い今夏にも完了する見通しだ。日銀が大量に保有する上場投資信託(ETF)の処分に向けた議論を促すかが注目される。

  日銀は金融システム安定を確保する目的で、02年11月-04年9月とリーマンショック後の09年2月-10年4月に金融機関から株式を購入した。26年3月末まで10年かけて処分する予定としてきたが、簿価で毎月100億円前後の売却が進む中、先月末の残高は550億円程度に減少。同様のペースならあと6カ月で残高がゼロになる計算だ。

  保有株式の売却は、この間の相場環境が良好だったこともあり、市場に大きな影響を与えることなく円滑に進められてきた。売却が完了するのをきっかけに、これまで封印された状態が続いている保有ETFの処分を巡る議論が、今年中にも始まる可能性が出てくる。

  日銀は昨年3月にマイナス金利解除など大規模緩和からの転換に踏み切り、ETFの新規買い入れも終了した。7月には国債購入の減額計画を決めてバランスシートの正常化にも着手したが、保有ETFの処分については、植田和男総裁が1月31日の国会答弁で「時間をかけて方法を決めたい」と述べるにとどめている。

大規模緩和

  ETF買い入れは、白川方明総裁の下で10年12月に開始。後任の黒田東彦総裁が推進した大規模緩和によって増額が繰り返され、簿価が37兆円、時価は70兆円(昨年9月末)に達する。日銀は保有ETFの処分は適正な対価によるとし、日銀の損失と市場へのかく乱的な影響を極力回避することを基本要領で定めている。

  ETFを処分する場合、市場への影響を最小限にするため、金融機関から買い取った株式の売却完了に合わせてETF売却を開始することも一案となる。ただ、売却前の保有株式残高が簿価で1兆3500億円程度だったのに対し、ETF残高はその約27倍だ。同じペースの売却なら200年以上かかる計算になり、現実的とは言い難い。

  公的債務残高の対国内総生産(GDP)比率が先進国で最悪という財政状況の中で、日銀の保有ETFの行方は政界でも注目を集めている。立憲民主党は、保有ETFを簿価で政府に移管した上で、その分配金収入と売却益を少子化対策などの財源に充てるよう提唱している

収入源

  一部のアナリストは、アジア通貨危機時の1998年に香港当局が株式市場に介入した後、第三者機関を設立して保有株式の管理・処分を行った手法が参考になると指摘。日本も好機をうかがって市場で売却する機関を設立したり、市場外で長期保有の機関投資家に譲渡したりすることも可能だとみている。

  一方、日銀の2024年度上期決算ではETFの分配金などの利益は1兆2641億円に達し、安定した収入源となっている。日銀は昨年7月と今年1月にも利上げし、今後も政策正常化を続ける見通しだ。支払利息の増加に伴う財務悪化や最終利益にあたる当期剰余金の国庫納付への影響なども踏まえれば、処分を急ぐ必要性は乏しいとの見方もある。

  ETF買い入れという中央銀行として異例の政策を大規模に進めた結果、市場での存在感が高まり、処分の行方に注目せざるを得ない状況となっている。株価の動向次第では負の遺産に変わる可能性もあり、処分方法を検討する際には市場関係者を交えた議論が必要になりそうだ。

関連記事
基調物価は2%下回る、徐々に高まるよう緩和環境維持-植田日銀総裁
利上げで支払い利息が4倍超、最終利益は高水準確保-日銀上期決算
日銀が17年ぶり利上げ決定、世界最後のマイナス金利に幕-YCC廃止