将棋の名人戦予選リーグで、6人のプロ棋士が6勝4敗で並ぶという“珍事”が起こった。読売新聞によると4人によるプレーオフは過去3回行われているが、6人は名人戦史上初めてという。藤井聡太6段の快進撃がきっかけとなって、このところ将棋界が何かと話題を振りまいている。佐藤天彦名人(30)への挑戦権を争うプレーオフが6人でおこなわれることになったのも、藤井余波であり藤井連鎖なのかもしれない。二度あることは三度あるという。事件、事故、予想外の出来事は連続して起こる。いい意味で次から次へと話題を提供する将棋界は、どことなく神がかり的であり、天命のなせる技なのかもしれない。同じプロでも囲碁の世界がなんとなく地味に見えてくる。この違いはなんだろうか。
囲碁といえば2年前の3月、グーグル傘下のディープマインド社が開発したアルファ碁というソフトが、当時世界最強と言われた韓国のイ・セドル9段に4勝1敗で勝って話題となった。この勝利がきっかけで人工知能(AI)の開発が世界中で始まった。そのAIはいまや我々の生活の中に静かに浸透し始めている。アルファ碁の勝利はエポックメイキングな出来事だった。囲碁は将棋に比べるとはるかに手数が多い。将棋は10年近く前にAIソフトに完敗している。囲碁よりかなり前にプロ棋士はAIソフトに勝てなくなってしまった。そのソフトを師匠格にして実力をつけたのが藤井6段である。いまや将棋界では7階級で永世タイトルを保持することになった羽生9段をはじめ、AIソフトをほとんどの棋士が使っている。
アルファ碁が巻き起こした衝撃は強烈だった。個人的にはこれを機に囲碁ブームが起こるのではないかと期待していた。だが、ブームを起こしたのは囲碁ではなく、10年近く前にAIソフトに完敗した将棋の方だった。藤井6段の登場という幸運に恵まれたこともあるが、7階級で永世位を獲得した羽生9段、神童と言われた加藤一二三棋士、年間ランキング1位の渡辺明9段の名人戦A級リーグからの転落、AIソフトの不正使用疑惑など次から次へと個性的な棋士が話題を提供した。藤井6段に限らず若手の台頭も著しい。AIソフトには勝てなくなったがプロ棋士が自分をさらけ出して激烈な競争を繰り広げている。人間が繰り広げる勝負の面白さがここにはある。どんなにAIが進歩しても、ここでは人間に勝てない。何事も人間がやるから面白いのだ。