超格差を生む「ギグ・エコノミー」残酷物語――FB共同創業者が救済策を提案

自分のような富裕層の所得を低所得層に分配すべきと主張するフェイスブック共同創業者、クリス・ヒューズ(2010年) Adam Hunger-REUTERS

<アメリカ人の半数は400ドルの臨時支出も賄えない崖っぷちで暮らしている。ならば「低所得世帯に月額500ドルの給付金を与えよう」と、フェイスブック共同創業者で「トップ1%」のクリス・ヒューズは言う>

「ギグ・エコノミーは米国の雇用を破壊し続け、人々の生活を根底から変えてしまっている」――2月20日、米CNBCのニュース番組に出演したフェイスブック共同創業者のクリス・ヒューズ氏(34)は、米国で拡大するデジタル経済について、こう警告した。

同氏は、ハーバード大学在学中の2004年、マーク・ザッカーバーグ氏とともにフェイスブックの立ち上げにかかわり、2007年の退社までに5億ドルを手にした米国有数の若手ビリオネアだ。2008年の米国大統領選挙では、オバマ陣営でデジタル戦略の指揮を執り、脚光を浴びた。

急に400ドル出せますか

いわばニューエコノミーの寵児であるヒューズ氏が米国の現状と将来に警鐘を鳴らす背景には、目先の好景気や記録的な低失業率、人手不足などで見えにくくなっている「格差拡大」への深い懸念がある。

「米国人の半数は、400ドルの臨時支出さえままならない」と、ヒューズ氏が指摘するように、多くの米国人は、失業や病気、事故で働けなくなるなどして収入が途絶えると、取り崩せる貯金がほとんどない。2017年5月に発表されたFRB(米連邦準備理事会)の報告書によると、400ドルの臨時支出も捻出できない人が44%にのぼっている。借金をするか、何かを売ってお金を用立てるしか道がないという。

そこで、ヒューズ氏が提案するのが、年収5万ドル未満の世帯に月額500ドルの給付金を与えるという制度。収入が安定しない勤労世帯に、毎月、決まった額のお金が入ってくるというセーフティーネットを与えることが目的だ。財源は、ヒューズ氏のような「トップ1%」の所得税率を50%にまで引き上げることで可能になるという。全世帯に最低所得を保障するUBI(ユニバーサル・ベーシック・インカム=最低所得保障)に似たアイデアだ。

格差拡大の一要因は、アプリやクラウドソーシングなど、インターネットを介したギグ(単発の仕事)の発注と受注から成る経済「ギグ・エコノミー」の台頭により、特にニューヨークなどの大都市でフリーランサーやインデペンデントコントラクター(個人請負)が増えていることだ。こうしたオルタナティブ・ワーク(代替的な仕事)に就く人たちは、雇用契約にのっとり安定した収入や福利厚生を享受できる「従業員」に比べ、労働条件が悪い。

現在、米国では、買い物・宅配・家事などの代行から出張ヘアメイク、会議や講演の書き起こし、ビデオの字幕作成、ライドシェアまで、シリコンバレーやサンフランシスコを中心としたスタートアップ企業などが、さまざまなサービスを安価な値段で提供している。それに伴い、フリーランサー市場が急拡大しているのだ。

シリコンバレーの米クラウドソーシング大手「アップワーク」と、35万人のフリーランサーが加入する米NPO「フリーランサーズ・ユニオン」(ニューヨーク市)が昨秋発表した調査結果によると、2014年に5300万人だったフリーランサーは2017年には5730万人と、8.1%増を記録。同期間における米労働人口の成長率2.6%の3倍を上回るペースだ。ミレニアル世代(18~34歳)の半数近くが、何らかの形でフリーの仕事をしている。2017年に、働く米国人の36%を占めていたフリーランサーは、2027年には50%を超える見込みだ。

アプリやクラウドで仕事を受け、時間帯も仕事量も選べる21世紀の働き方――。一見、クールに聞こえるが、ヒューズ氏は、近著『Fair Shot: Rethinking Inequality and How We Earn』(『公平な機会――格差と稼ぎ方の再考』仮題)のなかで、こうしたオルタナティブ・ワークの増加が米国の雇用を壊し、格差拡大を招いていると主張する。「Fair Shot(公平な機会)」は、オバマ前大統領が2012年の一般教書演説で使った言葉だ。

最低賃金も「社保」もなし

米人材派遣会社クリエイティブ・グループが3月15日に発表した調査結果によれば、プロジェクトベースで専門のフリーランサーを雇うと答えた企業幹部(広告・マーケティング担当)は58%にのぼるという。高額な医療保険費や401k(確定拠出年金)、病休、有給休暇、ボーナスも必要ないフリーランサーは企業にとっては便利だが、働く側からすれば、セーフティーネットがゼロだ。

おまけに、新興ギグ・エコノミー企業の相次ぐ市場参入による競争激化、価格破壊で、安いギャラに甘んじざるを得ないとなれば、「超格差」が生じるのも当然である。仕事の供給や見通しも不安定だ。経費分などを差し引くと、時給換算で最低賃金にすら満たないケースも多い。たとえば、従業員の場合、ニューヨーク市の法定最低賃金は、ファストフード店13.5ドル、ファストフードを除く、社員数11人以上の会社なら13ドルであり、今年の大みそかには、いずれの最低賃金も15ドルに上がる。

加速する自治体の最低賃金引き上げの動きや米労働市場のひっ迫(売り手市場)、キャッシュ以外の保障がないという点を考えると、ギグ・エコノミー労働者の報酬は低すぎる場合が多い。企業側は「自由な働き方」をアピールするが、正業や他の収入がないかぎり、休みなく働かなければ食べていけず、それでも、毎月、何百ドルにもなる医療保険代などをまかなえる安定した収入を得るのは難しい。

現役・元従業員による匿名の企業情報を提供する米就職情報サイト「グラスドア」によれば、たとえば、サンフランシスコの買い物・宅配代行スタートアップ大手、ポストメーツで働くクーリエ(配達員)の時給は10.34~11.85ドル。職種は明記されていないが、同ウェブサイトに「個人請負」として報酬を書き込んだ人たちの平均時給は9.72ドルだ。

この数字がどのくらい正確なのかはわからないが、米就職情報サイト「インディード」でも、「配達に45分を要して報酬は4ドル。クレージーだ」(シカゴ)、「1件につき平均4ドル。ガソリン代で足が出ることも」(ボストン)など、匿名の批判的なコメントが目立つ。講演やインタビューの音声の書き起こしなどを専門とする、フリーランサー向けスタートアップ企業の個人請負のなかには、経費を差し引く前の報酬が時給換算で8ドルを切る人もザラだ。

一方、こうしたギグ・エコノミー企業は投資家から巨額の資金を調達。幹部やアプリ開発などのエンジニアは高給を手にしているという「超格差」の現実がある。テクノロジーの発達で便利さを享受し、サービスや製品の価格も抑えられるのは、消費者としてはありがたい。テクノロジーの未来を語るのも楽しい。だが、ギグ・エコノミーを支えている人たちの境遇を考えると、同じフリーランサーとして胸が痛む。

「米国(経済)のために働いているかぎり、国があなたの面倒を見ますよ。僕が提案しているのは、そういうシンプルなアイデアだ」と、ヒューズ氏は前出の番組で語った。皮肉にも、ニューエコノミーで莫大な財を成したビリオネアがこうした救済案を訴えざるを得なくなるほど、米国の経済格差は進行している。

プロフィール

肥田 美佐子

東京都出身。『ニューズウィーク日本版』編集などを経て、1997年、単身渡米。米メディア系企業などに勤務後、独立。米経済・雇用問題や米大統領選などを取材。ジョセフ・スティグリッツ、アルビン・ロスなどのノーベル賞受賞経済学者、「破壊的イノベーション」論のクレイトン・クリステンセン、ベストセラー作家のマイケル・ルイス、ジム・オニール元ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント会長など、米(欧)識者への取材多数。元『ウォール・ストリート・ジャーナル日本版』コラムニスト。『週刊東洋経済』『プレジデントオンライン』『フォーブスジャパン』『週刊エコノミスト』など、経済誌を中心に寄稿。現在、米経済に関するルポを執筆中。(mailto:info@misakohida.com