国会は安倍内閣が最重要法案としている働き方改革の採決をめぐって重要な局面を迎える。この日は森友学園をめぐる財務省の調査報告書や自衛隊の日報問題に関する調査結果も国会へ報告される。そして明日は新潟県知事選挙の告示日、久しぶりに政治の季節だ。米朝首脳会談の延期や中止にトランプ大統領が言及している。国際的な政治闘争に比べると与野党が繰り広げている国内の闘いは小さくみえる。大小の問題ではないから双方とも全力で戦い抜けばいいだろう。気になるのは働き方改革が単なる超過勤務時間の問題として議論されていることだ。

昨日、衆議院の厚生労働委員会で働き方改革をめぐって参考人質疑が行われた。毎日新聞によると高所得の一部専門職を労働時間規制から外す「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)について「全国過労死を考える家族の会」の寺西笑子代表世話人は、「長時間労働に陥り過労死の発生を促進する危険性が非常に高い。過労死をしても自己責任になる仕組みになっている」と批判した。寺西氏が過労死遺族の会を代表していることを考えると、この発言を批判することに躊躇する。だが、高プロが過労死の発生を促進するという発想に違和感を感じるのは筆者だけだろうか。高プロは本人の選択が可能なはずだ。自信がない人は選択しなければいい。

それと「過労死をしても自己責任になる可能性がある」との批判も不可解だ。寺西氏の指摘を忖度すれば、働くことは強制されることだ。そうだろうか。原理原則にこだわるわけではないが、働くというのは自らの意思で行う行為であるはずだ。ブラック企業を持ち出すまでもなく「自らの意思」が通用しない職場があることは理解できる。だが、そのために自らの意思で選択する人を排除することはいかがなものだろうか。少子高齢化でロボットが人間にとって替わる時代がすぐ目の前まできている。この先、自己責任は重要な要素になる。だとすれば、日本総研の山田氏が指摘するように「(自己責任が)適正に運用される措置」が必要ではないか。超勤を恐れるより「適正な運営」に力を入れたほうが生産的だ。