北朝鮮の非核化をめぐる米朝交渉が、混迷している。トランプ政権は北朝鮮が完全な非核化の約束を守れば「米国は(交渉に)関与する」と強調。同時に、米韓合同軍事演習の再開も示唆するなど圧力を強めている。朝鮮戦争の終戦宣言が実現できない北朝鮮も「好戦的」な書簡を米側に送るなど、駆け引きが激しくなっている。
「金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が約束を果たすことが明らかになった時に、米国は(米朝交渉に)関与する用意がある」
ポンペオ米国務長官は28日の声明で、正恩氏が6月の米朝首脳会談で約束した完全な非核化を持ち出し、実行に移すよう迫った。米朝交渉への望みは示しつつも、正恩氏が非核化を「約束した」と繰り返すなど、交渉の現状に不満があることを強くにじませた。
ポンペオ氏の訪朝中止は、トランプ大統領が24日、ツイッターで「非核化に重要な進展が見られない」として突然発表。前日にポンペオ氏が訪朝を発表したばかりだった。
複数の米メディアによると、訪朝中止の原因は、24日早朝に届いた金英哲(キムヨンチョル)・朝鮮労働党副委員長からの書簡。非核化が進展しないのは「米国が(北朝鮮との)平和協定の締結に向けて取り組まず、北朝鮮の期待に応えていないからだ」と主張。非核化交渉は「再び危機にひんし、瓦解(がかい)の恐れもある」という「好戦的」な内容だったという。
28日に記者会見した米国務省のナウアート報道官によると、トランプ氏は24日、ポンペオ氏を含む国家安全保障チームと協議。ボルトン大統領補佐官も電話で参加し、ポンペオ氏の訪朝中止を決めたという。
ポンペオ氏の訪朝中止に歩調を合わせるように、政権幹部らも厳しい姿勢を示し始めた。
マティス米国防長官は28日に記者会見を開き、6月の米朝首脳会談後に中止した米韓軍事演習について、「現時点でこれ以上、軍事演習を中止する計画はない」と述べ、米韓軍事演習を再開する可能性を示唆。北朝鮮を揺さぶった。
米朝交渉が難航する理由は、米側が非核化の第一歩である核関連施設の完全な申告などを北朝鮮に求めているのに対し、北朝鮮は朝鮮戦争の終戦宣言の実現を要求していることにある。米ワシントン・ポスト紙は27日、複数の米政府当局者の話として、マティス、ボルトン両氏は、終戦宣言に反対していると伝えた。政権中枢や米議会が北朝鮮の非核化の意志を強く疑うなか、北朝鮮にとって米軍の脅威削減につながる終戦宣言の「果実」を先に渡すのは容易ではない。
ただし、トランプ氏は6月の米朝首脳会談前にも一時、首脳会談の中止を表明し、外交上の駆け引きを演じたことがある。トランプ氏が今回のポンペオ氏の訪朝中止をきっかけに、すぐさま昨年の「炎と怒り」のような軍事力の行使も辞さぬ強硬姿勢に転じるとは考えにくい。
ただ、トランプ氏はポンペオ氏の訪朝中止を求めたツイートでも「(正恩氏と)すぐに会えることを楽しみにしている」と記すなど、再会談の意欲は失っていない。これに対し、米政権内では再会談に期待する機運は極めて乏しい。元国務省高官は語る。
「もしトランプ氏が、正恩氏が国連総会に来さえすれば自分のマジックで解決できると考えているなら、それはあり得ない夢だ」(ワシントン=園田耕司)
反発する北朝鮮、中韓に期待か
北朝鮮の政府機関紙「民主朝鮮」は29日、「米国は対話相手の我々を尊重せず、旧時代の対決観念から脱していない」とする記事を載せた。朝鮮中央通信が伝えた。
終戦宣言が実現していない状況に触れ、「信頼と尊重がなければ、いつまでも朝米間の敵対関係は解消しない」と指摘。「一方的な要求だけを強要するなら、敵対関係は改善できない」と主張した。一方で「新しい朝米関係を樹立する立場に変わりはない」とし、対話を模索する姿勢も示した。
米朝関係筋によれば、米国のハリス駐韓大使と金英哲氏が12日に板門店で接触した際、米側は非核化を先行して進めるよう迫った模様だ。北朝鮮側は、ポンペオ氏の訪朝を要請したという。
韓国の情報機関、国家情報院は28日、韓国国会で、「北朝鮮はこの接触で、朝鮮戦争の終戦宣言を先に実現するよう求め、米国と衝突した」と報告している。
別の米朝関係筋は「終戦宣言で体制の安全が保証されない段階で、北朝鮮は核や大陸間弾道ミサイル(ICBM)を手放せないだろう」とみる。
韓国政府の元高官によれば、正恩氏は、過去に米朝関係が緊張して米戦略爆撃機が朝鮮半島に接近した際、視察などを控えて姿を消し、身の安全を確保してきたという。元高官は「今回の局面でも、正恩氏は再び緊張局面に陥るのは避けたいはずだ」と語る。
北朝鮮では、国際社会による経済制裁の影響も徐々に表れ始めているようだ。正恩氏が強い関心を示す江原道の元山葛麻(ウォンサンカルマ)観光団地事業の完成時期は、予定よりも1年以上遅れている。韓国の北朝鮮専門家は、今年末から来年前半にかけて、正恩氏が党幹部らに配る統治資金が底を突くこともありえるとみる。
外交や経済の厳しい局面を打開するため北朝鮮が期待をかけるのが、中国と韓国だ。
北朝鮮は建国70周年を迎える9月9日に合わせ、中国の習近平(シーチンピン)国家主席の国賓訪問を求めている。韓国には国営メディアを通じ、4月の南北首脳会談で合意した経済協力を実行するよう連日要請。正恩氏は9月中旬に平壌で開かれる予定の南北会談でも、こうした要求を繰り返すとみられる。(ソウル=牧野愛博)
日朝会談の実現、模索続く
非核化をめぐって米朝が駆け引きを続けるなか、日本も北朝鮮との首脳会談の実現を模索している。
日本政府関係者によると、安倍晋三首相の側近の北村滋・内閣情報官が、7月中旬にベトナムを極秘訪問した。米ワシントン・ポスト紙(電子版)は28日、朝鮮労働党統一戦線部の金聖恵(キムソンヘ)統一戦略室長と会談したと報じた。米政府高官らは、日朝接触を事前に伝えられず、不満を示しているという。
菅義偉官房長官は29日の記者会見で、「コメントは控える」と述べ、会談の事実は否定しなかった。北朝鮮は米中央情報局(CIA)、韓国の国家情報院といった情報機関と水面下で交渉してきた経緯があり、内閣情報調査室を率いる北村氏も同様の動きを担っているとみられる。
日本側は北村氏を含めて複数のルートで北朝鮮側との接触を模索するが、首相が調整を指示した日朝首脳会談は見通せていない。9月にロシア・ウラジオストクで開かれる「東方経済フォーラム」に正恩氏が出席した場合に首脳会談を模索する案もあったが、正恩氏が出席する可能性は低いとみられている。
日本政府関係者は「北朝鮮は米国と向き合っている状態。しばらくは非核化協議の様子見だ」と話す。
日本政府と接触したとされる金聖恵氏とは、どんな人物なのか。韓国政府関係者によると、2015年夏に南北の軍事境界線近くで起きた木箱地雷爆発事件で事態の収拾にあたったという。現在は朝鮮戦争の終戦宣言をめぐる問題などを担当し、対日関係には深く関わっていないとされる。上司で統一戦線部長を務める金英哲党副委員長は「日本人拉致問題はすでに解決した問題」と語るなど、日朝対話に積極的な姿勢を見せていない。
北朝鮮は26日夜、日本人観光客の「国外追放」を発表したが、朝鮮中央通信は27日、日本政府を批判する論評を伝えた。複数の日朝関係筋は「観光客の追放と日朝関係は無関係」との見方を示している。(二階堂友紀、牧野愛博=ソウル)