アメリカのトランプ大統領は、冷戦時代にアメリカと旧ソビエトが調印した、中距離の核ミサイルの保有などを禁止するINF=中距離核ミサイル全廃条約について、ロシアが条約を順守していないとして、条約を破棄する考えを明らかにしました。

トランプ大統領は20日、訪問先の西部ネバダ州で記者団の質問に答えました。

この中で、冷戦時代の1987年にアメリカと旧ソビエトが調印し、現在はロシアが履行義務を引き継ぐINF=中距離核ミサイル全廃条約について、「われわれは条約を尊重し守っているがロシアはそうではない。このため条約を終わらせ抜けることにする」と述べ、条約を破棄する考えを明らかにしました。

さらに、トランプ大統領は「ロシアや中国がこうした兵器の開発をやめようと言わない限り、われわれも兵器を作らざるをえない。約束に違反するものがいる限り、われわれだけが守るということにはならない」と述べ、核戦力の強化も辞さない構えを示しました。

INFをめぐりトランプ政権は、ロシアが条約に違反し核戦力の強化を続けているとして批判を繰り返してきました。

トランプ大統領の考えについて、近くロシアを訪れるボルトン大統領補佐官がロシア側に伝える見通しです。

核兵器をめぐってはアメリカ政府内で、INFの制約を受けない中国が、大量に中距離核ミサイルなどを保有し脅威になっているとして、条約の見直しを求める声があり、トランプ大統領の発言の背景には中国を強くけん制する狙いもあるものと見られます。

INF全廃条約とは

INF=中距離核ミサイル全廃条約は、1987年にアメリカと旧ソビエトの間で調印されたもので、現在はロシアが条約の履行義務を引き継いでいます。条約では、射程が500キロから5500キロの地上発射型の弾道ミサイルと巡航ミサイルの保有と生産、それに発射実験などを禁止しています。

この条約が調印された当時は、核兵器の開発競争など軍拡が繰り広げられた米ソ冷戦時代で、当時のレーガン大統領と旧ソビエトのゴルバチョフ書記長との間で調印された条約は、東西冷戦の終結に至る緊張緩和の象徴の1つとされてきました。しかし、アメリカ政府はこれまでロシアが条約に違反しているとたびたび批判しています。

ロシアはこれまで条約違反を否定

「ロシアはINF=中距離核ミサイル全廃条約を順守していない」というアメリカの批判に対し、ロシアはこれまで「一切証拠がない」として否定してきました。

そのうえで、ルーマニアで運用が始まり、日本でも配備される方針の新型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」に、巡航ミサイルを搭載すれば攻撃兵器になると主張して「アメリカこそがINFに違反した行動をとり続けている」と批判してきました。

トランプ大統領がINFを破棄する考えを示したことについて、ロシア政府はまだ公式な反応を出していませんが、ロシアはこれまでの主張を表明して強く反発するとみられます。

ロシア外務省次官「非常に危険な行動」

ロシア外務省でアメリカを担当しているリャプコフ次官は21日、ロシアメディアに対して「国際社会の安全や戦略的な安定のための重要な問題において、脅迫という手段を使ってロシアに譲歩を迫ろうというアメリカの試みを非難する。非常に危険な行動であり、国際社会から厳しく批判されるだろう」と述べ、アメリカの対応は一方的で、核軍縮の流れに逆行する危険な行為だと非難しました。

そのうえでトランプ大統領が、INFを破棄する理由として、ロシアが条約を順守していないとしたことについて、「われわれは違反していないどころか、厳密に順守している。そして何年もの間、アメリカが露骨に違反していた時でさえ、われわれは我慢してきた」とも述べ、アメリカこそが違反していると反論しました。

そして、ラブロフ外相などが、モスクワを訪れるボルトン大統領補佐官と22日から会談する予定になっていることを明らかにしたうえで、アメリカ側に詳しい説明を求める考えを示しました。

ロシア上院議員「米は世界を冷戦に戻そうとしている」

外交や安全保障に詳しいロシアのペシュコフ上院議員は自身のツイッターで「世界の戦略的安定にとって第2の打撃となるものだ。第1の打撃は、2001年にABM=弾道弾迎撃ミサイル制限条約からの脱退を決めたことで、またしても条約破棄のイニシアチブを取ったのは、アメリカの方だ」と非難しました。

そのうえで「ロシアが自国を上回る核の優位性を認めることはなく、またそうすることで核攻撃を未然に防止することができる。アメリカは、世界を冷戦に引き戻そうとしている」と訴えました。

外務省「米から説明ない」

外務省関係者はNHKの取材に対し、「これまでのところ、トランプ大統領の発言の概要や真意について、アメリカ側から説明はない。日本として、INF=中距離核ミサイル全廃条約を含めた核不拡散体制に対する重要性の認識は変わらない」と述べました。

経緯とアメリカの思惑

東西冷戦の下、アメリカと旧ソビエトは軍拡競争を続け、核弾頭の数は一時、合わせて6万発を超えたとされています。

1970年代以降、ロシアはアメリカ本土を狙ったICBM=大陸間弾道ミサイルに加え、ヨーロッパを標的に、核弾頭を搭載した中距離弾道ミサイルの配備も進めます。

核戦争の脅威が高まる中、両国は中距離核戦力の規制に向けた話し合いを重ね、1987年に当時のレーガン大統領と旧ソビエトのゴルバチョフ書記長がINF=中距離核ミサイル全廃条約に調印。東西冷戦終結を後押しする歴史的な出来事と受け止められました。

INF全廃条約は、史上初めて核兵器の削減を約束したもので、その後の米ロ2国間のSTART1=第1次戦略兵器削減条約をはじめとする核軍縮に向けた先駆けとなりました。

その一方で、10年ほど前から、アメリカ政府はロシアが条約に違反しているとたびたび批判してきました。

条約では、射程が500キロから5500キロの地上発射型の弾道ミサイルと巡航ミサイルの保有と生産、それに発射実験などを禁止していますが、アメリカ政府は2014年に議会に提出した報告書で、ロシアが射程500キロ以上の地上発射型の巡航ミサイルを開発していると認定。その後も、ロシアがアメリカのミサイル防衛網を突破することなどを目的に、新たな巡航ミサイルの開発や配備を進めていると非難してきました。

また、INF全廃条約は、ロシアとの2国間条約のため、軍備増強を進める中国は、規制の対象になっていません。

去年4月に議会の公聴会に出席した当時のアメリカ太平洋軍のハリス司令官は、中国が保有するミサイルのおよそ95%はINF全廃条約で禁止されるはずの中距離ミサイルだと指摘したうえで、アメリカがロシアとの条約に縛られることで中国の軍拡への対処を難しくしていると証言しています。

トランプ政権は、中国とロシアを国際秩序への脅威だとして、両国への対応を最優先に掲げた国防戦略を打ち出していて、中ロに対抗するうえでINF全廃条約は足かせにしかならないと判断したものとみられます。