中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の創業者一族・孟晩舟氏が逮捕された事件は、米国の同盟国カナダを巻き込む新たな展開となった。カナダの元外交官が北京で拘束されたのは「中国の報復」とみる向きは強く、孟氏の身柄を米国に引き渡すかどうかをめぐり、中国側が今後どう出るかが注目される。

中国の反応に世界の関心が集まるなか、中国外務省の陸慷報道局長は12日の定例会見で、「カナダ政府は誤ったやり方をただすべきだ」と、華為の孟晩舟・最高財務責任者(CFO)の即時釈放を改めて要求。「無罪放免」ではない保釈では満足しないという厳しい姿勢を見せた。

中国がカナダの元外交官拘束という実力行使に乗り出したことで、対立は新たな局面に入ったとの受け止めが広がっている。

孟氏の拘束を受け、中国では一部企業が米アップルのiPhone(アイフォーン)を使う従業員を罰する措置に出るなど反発が高まっていた。弱腰と映れば習近平(シーチンピン)指導部に批判の矛先が向きかねないため、中国側も強い姿勢を打ち出してきたとみられる。

北京の外交筋は「タイミングを考えれば、孟氏逮捕への報復だろう。交渉のカードを作り、カナダ政府に圧力をかけようとしたのではないか。間接的に米国を牽制(けんせい)する狙いもあるだろう」とみる。

背後にいる本当の「敵」は米国だが、今は貿易摩擦の解消に向けた90日の交渉の真っ最中。米国を直接攻撃すれば交渉に影響しかねないため、カナダを標的にしたというわけだ。こうした構図は、米軍の高高度迎撃ミサイルシステム(THAAD(サード))の配備を進めた韓国に対し、団体旅行を中止するなど圧力を強めた状況にも似ている。

中国は日本との間でも2010年、尖閣諸島沖の漁船衝突事故で中国人船長が逮捕された後、準大手ゼネコン、フジタの社員ら日本人4人を拘束。報復措置だったとの見方が根強い。

今回も元外交官を拘束したのは国家安全当局とされる。こうした事件は容疑があいまいで、事実関係が明らかにされないことが多い。「人質」のように外国人を拘束するやり方には懸念と批判も高まりそうだ。

米中交渉、より複雑化する可能性

裁判官が保釈を認める決定を出すと、孟氏は涙をぬぐい、弁護士と抱き合ったという。現地メディアは、保釈され、記者団の質問にも無言で迎えの車に乗り込む孟氏の姿を映した。孟氏は今後、24時間態勢の監視下に置かれ、米側に身柄が引き渡されるかどうかに焦点が移る。

「家族のもとに戻った。華為を誇りに思い、祖国を誇りに思う。関心を寄せてくれた全ての人に感謝」。中国メディアによると、保釈された孟氏は中国のSNS上にこう投稿した。

孟氏の逮捕劇は、米国が中国のハイテク企業に敵対姿勢を強めるさなかに起きた。トランプ政権は4月、中国の通信機器大手・中興通訊(ZTE)に米企業が部品を輸出するのを禁じる制裁をかけ経営危機に追い込んだ。この際も理由はイラン制裁がらみだった。

華為やZTEに対する米国の警戒感は、オバマ前政権時代からくすぶり続けてきた。米下院情報委員会は2012年、2社を名指しした調査報告書を発表。「米国の重要なインフラに2社の製品を使えば、国家安全保障上の利益を損ないかねない」として、政府の電子システムからの排除を求めた。中国の法律では、安全保障を理由とした中国政府の要請に対し、企業は協力する義務がある。

トランプ政権は露骨に華為を排除し始めた。米エール大法科大学院のロバート・ウィリアムズ氏は「(次世代通信規格)5Gの運用が始まることで、華為製品が持つ潜在的な安保リスクの懸念が強まっている」と話す。5Gは通信速度が現行の100倍にもなるAI(人工知能)時代の中核技術。米国向け製品に悪意のあるプログラムや部品が仕組まれれば、システムの誤作動や大量のデータが盗まれるなど安全保障が脅かされるとの警戒感が強い。

新アメリカ安全保障センターのエルサ・カニア氏は「華為自身は商業的な利益に突き動かされているとしても、中国政府のスパイ行為に悪用される可能性はある。華為のビジネスの成功と中国の戦略的な利益の区別をつけるのは難しくなった」と指摘する。

米司法省は11月、中国の半導体メーカーなどを経済スパイ活動に関与した罪で起訴し、中国企業を厳しく取り締まる計画「中国イニシアチブ」を発表した。セッションズ司法長官(当時)は「中国のスパイ活動が急速に増えている。もうたくさんだ」と述べた。

取り締まり強化の中核部隊として5人の連邦検事が指名された。そのうちの1人が、今回米側で孟氏をめぐる捜査を主導したニューヨーク東部地区のダナヒュー連邦検事だった。カナダの裁判所に出した書面でダナヒュー氏は「詐欺行為は華為の最高レベルで企てられた」などと指摘し、孟氏の保釈を認めないよう強く求めていた。

米政権は従来、孟氏の逮捕について「刑事司法上の問題だ。通商協議とは無関係」(ライトハイザー通商代表)との立場を強調してきた。しかし、トランプ米大統領は11日、「安全保障上の利益にかなうか、中国との通商協議をまとめるのに役立つようであれば介入する」とロイター通信に語った。事件を通商交渉の「カード」として使うような発言をしたことで、米国で適正な手続きが踏まれるのか疑念が生じたほか、米中交渉はこれまで以上に複雑化する可能性がある。(ニューヨーク=江渕崇、ワシントン=青山直篤)

ファーウェイ、中国政府との関係は
米中対立の象徴になった中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)は、中国を代表する国際的な企業だ。

携帯端末から海底ケーブルまで幅広い通信機器を手がける。創業約30年で170カ国・地域以上で事業展開するまで成長。売上高は9兆円を超え、約18万人の従業員を抱える。

毎年、売上高のうち1割超を研究開発に向け、特許の国際出願にも積極的だ。毎年採用する約8千~1万人の従業員のうち約600人が博士号を、約5600人以上が修士号を持つなど人材の質も高いとされる。

創業者で最高経営責任者の任正非氏(74)は立志伝中の人物だ。大卒後、人民解放軍に入隊し、建築関連のエンジニア兵をつとめたがリストラで除隊。1987年、広東省深圳で華為を創業した。

華為は民間企業だが、任氏に軍歴があることもあり、欧米諸国の疑念は根深い。米国は「中国政府や人民解放軍と関係を持つ華為のような企業が潜在的な脅威になる」と指摘し、基幹的通信システムへ参入を阻んできた。

カナダで逮捕された孟晩舟氏は任氏の娘だ。

孟氏について、米司法当局は過去11年間に少なくとも中国の旅券を4冊、香港の旅券を3冊使っていたと指摘。さらに香港の会社登記から、中国政府が海外に派遣する人向けに支給する旅券を孟氏が持っていたことが判明し、政府との関係を疑わせる要因の一つとなっている。(台北=福田直之、北京=延与光貞)