米国防総省が公表した、イラン革命防衛隊がタンカー「コクカ・カレイジャス」から不発弾を取り除く様子を写したとする写真(同省提供・共同
米国防総省が公表した、イラン革命防衛隊がタンカー「コクカ・カレイジャス」から不発弾を取り除く様子を写したとする写真(同省提供・共同

 イラン沖のホルムズ海峡付近のオマーン湾で13日に起きたタンカー攻撃に始まる米とイランの衝突は、米無人機の撃墜やトランプ米大統領のイラン攻撃命令と寸前の撤回にまでエスカレートした。タンカー攻撃を実行したのはイランなのか、それとも別の国や武装組織の陰謀なのか。事態がエスカレートする背景には、イラン指導部と米指導部それぞれの「不協和音」にある。  (岡田敏彦)

残された証拠

 もはや米とイランの関係改善のため行われた安倍晋三首相のイラン訪問など、どこ吹く風の勢いで悪化する2国間関係。直接の引き金となったのはタンカー攻撃事件だ。特に2隻のうち海運会社「国華産業」(東京)が運行するケミカルタンカー「コクカ・カレイジャス」(メタノール積載、約1万9349トン)の船体に残っていた物証に注目が集まった。

 米軍は、コクカ・カレイジャスの船体に小型ボートで横付けした一団が、船体に付着していた不発のリムペット・マイン(吸着機雷)を回収するようすを捉えた映像を公開。米国防総省は回収作業を行ったのはイラン革命防衛隊だと指摘した。

 米側の発表では、攻撃は吸着機雷を2発ずつ、2隻で4発を使用して行われたが、コクカ・カレイジャスの1発が不発となった。これを米軍などが回収した場合、詳しい製造元が判明し、犯人”特定される。それを防ごうとした回収者こそ犯人だ、というのが米軍の主張だ。

 コクカ・カレイジャスの乗組員(フィリピン人21人、うち1人負傷)からは、機雷攻撃ではなく「砲撃を受けた」との証言もあったが、攻撃を受けた際にできた同船の破口は、中東のゲリラ組織などが用いる携帯式対戦車兵器のHEAT弾(成形炸薬)弾のような直径数センチの円形の穴が開くものとは全く異なり、約1メートル近い大きさの歪な形だった。魚雷なら水面下に破口が生じるし、対艦ミサイルなら船体内部突入後に弾頭が爆発するため、沈没しかねない大被害となる。

しかし、実際にはコクカ・カレイジャスはの1発は船腹に大穴を開けただけ。もう一隻のノルウェー船籍の石油タンカー(ナフサ積載)の「フロント・アルタイル」も同様だった。

 また、米海軍は船体に残った吸着機雷の一部を回収。過去のイラン側の武器映像などと照合し、イランが過去に使用したものと酷似しているとの見解を示した。

 こうした情報を米側が次々と公開し「イラン犯行説」を主張するなか、イランは「根拠の無い主張だ。断固として拒絶し、最も強い言葉で非難する」と攻撃を否定した。だが、イランにとって都合の悪い情報が続けざまに明らかになる。

乗員を二度助ける

 日本船籍でなかったため、日本では注目されなかったもうひとつのタンカー、フロント・アルタイルは、攻撃で派手に炎上したが、韓国メディアによると、この船の乗組員23人は通りかかった韓国籍の貨物船「ヒュンダイ・ドバイ」が救命艇を降ろして救助した。

 ところがその後、イランの小型艇が乗組員を全員引き渡すよう命令し、救命艇とともに強引に奪取していったというのだ。結局23人はイラン側の手で15日にドバイ(UAE)に移送。イラン外務省報道官は声明で「我々はホルムズ海峡の安全には責任を負っており、今回も迅速に船員たちを救助した」と発表したが、助けられた船員をさらに助けるという二度手間には説明が付かない。海域の安全を管理しているのはイランだとのアピールとも取れるが、こうした謎の行動がイランへの疑いを増幅させた。

一連の流れで目立つのは、イラン側の情報公表が悪手でかつ後手にまわっていることだ。米側が「不発の吸着機雷を外すイラン船」の映像を流した際、直後に「二次被害を防ぐためイラン海軍が不発機雷を処理した」とアピールすれば、情報戦では有効な反論となっていたはずだ。しかし実際には、韓国救命艇からの移送についても、回収した吸着機雷の分析や処理についてもイラン側からの説明はない。これでは米軍の発表を肯定しているようなものだ。

 こうしたなか欧米メディアが注目しているのが、イランの「もうひとつの軍隊」であるイラン革命防衛隊(IRGC)だ。

革命の守護者

 IRGCはイランのイスラム革命(1979年)で王政が倒れた後、革命指導者のホメイニ師によって創設された精鋭軍事組織。王政時の軍は革命後も存続したが、新体制への忠誠心を疑問視した革命政府は、宗教的な親衛隊ともいえる独自の武装組織を作り上げた。これが順次規模を拡大し、米ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)によれば兵員数は12万5千人。いまでは正規軍に等しい存在となっている。

 最高指導者(宗教指導者)のアリー・ハメネイ師の直属の部隊とされ、国軍とは一線を画す存在だ。IRGCは国軍とは別の独自の海軍まで持ち、タンカー攻撃の現場となったホルムズ海峡付近に複数の海軍基地を擁し、高速パトロール艇は40隻以上を運用している。

その影響力は政治にも及んでいる。トルコメディアなどは5月末、革命防衛隊の重要人物であるフセイン・ナカビ・ホセイニ氏と、穏健派ともされるハサン・ロウハニ大統領の確執を報じた。米国の仕掛ける「経済戦争」と戦うため、特別権限を求めたロウハニ氏に対し、ホセイニ氏が「いま持っている権限で問題を解決すべきだ」と批判。「ロウハニ氏は憲法上、革命指導者(ハメネイ師)に次ぐ最高の権限を持っているのだから」と大統領の権限拡大に反対した。大物政治家らもこの意見に賛意を示したという。

 軍事と政治の両面において、宗教指導者派と大統領派が常に対立しているわけではないが、一枚岩とも言い難いのが、いまのイランなのだ。

 そしてIRCGは米国に対し強い敵愾心を抱いている。米国は今年4月、周辺国の武装勢力に武器や資金を提供したとしてIRCGをテロ組織に指定。ロイター通信などによると、タンカー攻撃の直前の12日には制裁対象であるIRGCの特殊部隊「コッズ部隊」を支援したとして、イランの関連企業と幹部2人にも新たに制裁措置を取り「イランの武器密輸ネットワークを閉鎖する措置を取る」(ムニューシン米財務長官)と攻勢を強めていた。

また米ウォール・ストリート・ジャーナル紙(電子版)などによると、コッズ部隊はイラク、シリア、イエメンなどの民兵を支援するほか、中東全域に武器を輸出しているとされ、影響下にある武装グループは少なくない。こうした組織が独自にタンカー攻撃を実施したり、あるいは関与した可能性がある一方、イラン国内ではIRGCの国際的立場を不利にするためにイランの反政府組織「ジェイシ・アドリ」などが行った可能性を指摘する声もある。実際、今年2月にはイラン国内でIRGCの隊員を乗せたバスを狙った自爆攻撃が発生している。

 一方の米軍も、強硬な軍事的措置を主張するボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)に対し、トランプ米大統領が「非常に良い仕事をしているが、強硬姿勢だ」と批判を露わにする。双方の指導部の不協和音が、誤解されるような外交的サインにつながりかねない。